「先輩、ファイトです!」
私の声援に気付き、リングに上がった背中が振り返る。
にっこりと開かれた口元に白いマウスピースが光っていた。
赤いトランクスに赤いグローブ。
いつも優しい先輩が、人を打ち倒すために身にまとう戦闘服。
そのギャップが、いつも私を切ない気持ちにさせる。
県大会の会場が、本日最後の一戦に熱狂を孕む。
団体戦は軽量級、中量級の結果を1対1として・・本丸、主将同士による重量級の一戦を残すのみとなった。
全国へのチケットを賭けた負けられない闘いに、みんなの無言の期待が、先輩の背中に注がれている。
『ぜってー勝つぞぉぉぉッッ!!』
『おおおおおぉぉぉ!!』
向かいの青コーナーで響く雄叫びに意識が向かう。
軽やかにリングインしてくるのは・・やはり彼女か。
強豪である朱高の2年生、工藤武美。私と同じ学年。
3年生ばかりが出場するこの大会で唯一の2年生というのはかなり異例のこと。
しかも主将での出場だなんて・・。
中学時代は空手で全国大会入賞の実力の持ち主であり、今季これまでの対戦相手全員にノックアウト勝利を収めている・・らしい。
チクチクと募る不安が私の背中を刺す。
先輩・・勝てるよね。
託されたタオルをギュッと握る。
(もし私がもう闘えないと思ったら__あなたがタオルを投げなさい。
あなたの判断を信頼してるわ。)
先輩の言葉が頭に反響する。
____
______
_________
序盤に圧倒的なパワーでペースを支配した先輩。
持ち前の破壊的なワンツーを浴びせると、たちまちに相手の顔が赤みを帯びて鼻から流血し始める。
序盤3ラウンドで2ダウンを奪い、誰もがこの試合の結末を確信していた。
唯一の誤算は・・この怪物を仕留めきれなかったこと。
4ラウンド以降、徐々にペースを上げる相手に、スタミナを使い過ぎた先輩が遅れをとる。
展開が・・返りつつあった。
「シィ!!」
「ん゛ん・・っっ!!」
恐ろしい重い音と、くぐもった叫び。
大好きな先輩の顔が、相手の重く固い青グローブで歪む。
照準のついたライフルのような、正確なパンチ。
全身を使って打ち出す質量のあるパンチに先輩の巨体が大きく揺らぐ。
見てるだけでわかる。
持ち前の空手の経験を活かした、センスのある攻防。
こんな人を殴り合いの相手にしたらと思うと・・
・・・怖い。寒気がする。
何発も、何発も。
有効打が入るたびに、徐々に精彩を欠いてゆく先輩の動き。
こんな姿なんて、見たくなかった。
でも最後まで目を背けたくない。
強く握りしめたタオルが、私の手汗を奪い去る。
「んぶぅっ!!」
鳥肌が立つほどの恐ろしい音と、歪んで弾ける表情。
あの恐ろしいパンチを受けてなお、先輩は倒れない。
倒れなかったのに・・その拳は私の心をも打ち砕いた。
カンカンカンカン!
無情に鳴り響くゴングと___マットに放られた白いタオル。
先輩は投げ込まれたそのタオルを虚な目で見つめて・・
その場に崩れ落ちた。
『よっしゃぁ!!』
相手選手が喜びを爆発させ、リングを駆け回る。
優勝に湧く朱高陣営を尻目に、急いで先輩へかけ寄る。
「せ・・先輩っ・・」
粗く息をする、オーバーヒートした巨躯。
酷く腫れ、赤みを帯びた顔は唾液と汗でぐちゃぐちゃだ。
あの恐ろしいパンチを、何回も、何発も正面から受け止めたんだ。
その痕が生々しく、その表情に刻まれている。
試合前の頼もしい姿はそこにはなかった。
「・・・急いで医務室に連れて行ってあげましょう」
楓先輩が静かに告げ、本部に担架を要請する。
「すごく強かった。素晴らしい試合をありがとう。
・・そう彼女に伝えてくれるかな?」
先輩を運び出す私の背中にかけられる声。その声が誰かなんてわかりきっている。
振り向きもせず、その声に頷いた。
「・・ありがとう!頼んだよ。
それじゃ。」
ああ。
私は・・来年この人と闘う。
勝てるかはわからない。
でも絶対、私はこの人と拳を交え、その恐ろしい拳を正面から受け止める。
そうしないといけない。それはおそらく義務だから。
その予感は確信と言える強度で、私を支配した。
差分
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いつもご支援ありがとうございます。
前の作品から少し時間を空けてしまったので描き方忘れてしまってました。
リハビリ大変でした・・
それはともかく最近あったかくなってきましたね。季節の変わり目はいい匂いがするなー
tarupo789
2025-03-03 15:42:21 +0000 UTCtarupo789
2025-03-03 15:40:45 +0000 UTC絆創膏
2025-03-03 14:03:34 +0000 UTCHeaven's Pass
2025-03-02 18:32:52 +0000 UTC