日曜の夜。
机の上に置かれた小さな紙袋が、部屋の中でやけに存在感を放っていた。
中身は真っ赤なブラとパンツ。
金曜の夜、瑠衣から手渡された時の笑顔が目の奥に焼き付いて離れない。
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「レンくんに似合いそうな下着を用意しておいたんだ。月曜はこれを着けて出勤してね。」
その場にいた真帆と茜も、意味ありげに笑っていた。
事務服姿の僕が女子トイレから出る写真を撮られている僕には、選択肢なんて存在しない。
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休日中は見て見ぬふりをしていたその紙袋を開ける。
指先が微かに震えて、赤い布が視界に溢れた瞬間、思わず息を呑む。
鮮やかなレースの縁取りが、部屋の暖色の照明の下で妖しく光っている。
男の一人暮らしの部屋にはあるべきではない異物。
これを……明日、一日中?
◆
月曜の朝。いつもより眠りが浅かった気がする。
シャワーを浴びても、胸の奥のざわつきは消えなかった。
濡れた髪から滴る水が床を打つ音だけが、やけに響く。
タオルで体を拭き、袋から下着を取り出す。
まずはブラ。肩にストラップをかけると、ひんやりした感触が濡れた肌に張り付いた。
背中でホックを探し、指先が迷いながらも「カチリ」と小さな金属音を立てて留まる。
その瞬間、肩ひもが軽く食い込み、胸元のカップがほんの少しだけ不自然な膨らみを作る。
ワイヤーが胸の下を押し、位置を直そうと指を入れれば、布越しに肌が吸い付く。
次はパンツ。
両手で布を広げ、足を通す。
冷たい布が太ももを撫で、腰まで引き上げた瞬間、下腹部をきゅっと包み込む。
普段の下着では絶対に味わわない、妙な収まり方。
締め付けなのに、どこかやわらかく優しい感触が、逆に落ち着かない。
鏡の前に立つ。
鏡の中に見慣れた自分の顔と、真っ赤な下着が映っている。
下着と同じぐらいの色に自分の頬が染まるような気がして、視線を逸らした。
◆
その上からスラックスを穿き、白いカッターシャツのボタンを留め、ジャケットを羽織る。
パッと見はいつも通り。
……でも、胸元には赤い影。
光が当たる角度によって、カッターシャツが淡く色づく。
気付く人は気付くかもしれない。
駅まで歩くたび、胸のワイヤーがわずかに上下する。
パンツのレースが腰骨を擦り、細いゴムが動くたび、体の奥に小さな熱が生まれる。
普段と同じ道、同じ朝なのに、全てが違って感じる。
満員電車に揺られる。
背中越しに人が押してくるたび、ブラが肩にずれる。
前に立つ男性が視線を胸元に落とした気がして、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。
……いや、ただの思い過ごしかもしれない。
でも、そう思おうとするほど、さらに胸の奥が苦しくなる。
◆
会社に着き、いつも通り挨拶をしながらデスクへと向かう。
真帆と廊下ですれ違った。
軽く会釈を返すだけで特に何も言われない。
デスクに着き、メールを確認し、資料を開く。
……なのに、下着の感触が思考を中断させる。椅子の背もたれがブラのホックに押し当たり、肩ひもが微かに引っ張られる。
資料を開いても、画面の文字が目に入らない。
脳の片隅で、常に下着の存在が脈打っている。
「レンくん、あそこの棚の上の奥にある段ボール、取ってくれない?」
瑠衣の声が背後から落ちてきた。
胸が一気に熱くなる。
「は、はい……」と答え、脚立を持ち出す。
脚立に足をかけ、腕を伸ばして棚の奥を探す。
そのとき――耳元で小さく低い声が囁かれる。
「ズボンにパンツのラインがくっきり見えてるよ。みんなに女の子の下着を着けてるって、バレちゃうよ」
はっとして後ろを振り返ると、瑠衣が小さく笑っている。
スラックスが張り、お尻の曲線に沿って、パンツのラインが浮き出ている。
男性のそれではありえない、やわらかな縁取り。
一気に顔が熱くなる。
視線をさらに後ろに動かせば、茜も真帆も、にやにやとこちらを見ている。
「ほら、段ボール、落とさないでね」
瑠衣の声が耳元に届く。
僕は慌てて段ボールを引き寄せる。腕に力を込めるたび、ブラの肩紐が食い込む。
お尻の下着のラインが気になって、視線を外したくなる。
でも、もう手を止めるわけにはいかない。素早く段ボールを引き寄せ、脚立から降りる。
「レンくん、ありがとう。助かったよ」
短く、軽やかな礼。瑠衣はそのまま離れて行く。
僕の心臓はまだ収まらない。
ふと気づけば、汗ばんだ手のひらと、下着の感触だけが残っていた。
……まだ、僕の長い一日は、ほんの始まりに過ぎないのだ。
【5章へつづく…】
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