魔王様から、美味しい食パンという物を貰った。魔王様が人間界に来た時に買った物で、どうやら1斤800円もするらしい。食パンを買う習慣がない僕は1斤800円の食パンがどの位高価な物なのかはイマイチピンと来なかったが、食パンが800円で売られていたら僕は絶対買わないと思うし、そう考えると相当に贅沢な買い物なのだろう。
赤髪の少女の姿を取った魔王様は1斤800円の食パンがどれだけ高いかという事とその経緯を身体全体を使って表現していた。どうやら、余りに不摂生な食生活を送って居そうな僕を心配して態々買って来てくれたらしい。
僕は、高い物、良い物だったら喜んで食べるという事も無いのだけれど、気遣って呉れる気持ちは純粋に凄く嬉しかった。 御給金を受け取り、用事があるから、とすぐに帰った魔王様を見送った僕は食パンを見て考えた。
これをどうやって食べようか、魔王様が持ってきてくれた物だ、無下にする事も出来ないし……フレンチトースト、今材料がないし食パン1斤の為に諸々の材料を買うのは相当ロスが出るだろう。マーガリンも同じく、ジャムは丁度切らしてしまっているし、しばらくジャムを入れる紅茶を飲む予定もない。
20分くらい悩んだ僕は、良い物はそのまま頂くのが礼儀だろうと何も付けずに食べる事にした、一種の思考停止である。丁度今はお昼時、食パン四半斤もあれば僕のお腹を満たすには十分だろうと、その分を切り分けお皿に盛りつけた。飾り気のない皿に乗る四半斤の生食パン。これが高級品だという前提条件が無ければ洋画にある劣悪な刑務所のような食事にも見えた事だろう。
一口、咀嚼。成程、成程。
やはり生で食べるのは正解だったかもしれない。生だからこそ食感がよくわかる。パサパサした感覚は一切なく、しっとりとした、控えめな甘さが口内に広がる。パンの耳すら柔らかい、それも軟弱な柔らかさではなく、芯のある柔らかさを持っている。近くの店で買ったのだろう、まだほんのりと残る温かみが、僕の食欲を亢進させた。
これは美味しい、下手に甘すぎるパンは苦手だったが、これだけ寄り添うような甘味だったら幾らでも食べられるのではなかろうか。 半分くらい食べ終えたところで、食パンを一旦皿に置く。 そういえば、魔王様は本来御給金を渡しに来てくれたのだった。
一応確認しておこうかな。ふと思い立って僕は封筒の中身を取り出す。
ひい、ふう、みい、あれ?少しだけど数字がズレている。――800円くらい。
ボンビーのような事をするな、この方は。急に温かみを感じなくなった生の食パンを齧って僕は溜息をついた。