2/1 グリーン・インフェルノ
2月の頭からこんな映画を見るな、一部界隈では有名なグロテスク・猟奇映画。意識高い系の大学生……というよりは70年代日本の学生運動を彷彿とさせるような過激な森林保護活動を行っている学生団体が、もっと過激な文化を持つ人食い族に蹂躙される話。
ある部族が暮らす未開の地の森林伐採を辞めさせる為に、自らの身体を樹に括りつけて建設会社を立ち退かせた学生団体のメンバーは、帰りの飛行機の中で事故に遭い、自分たちが守ろうとした『ある部族』に捕まってしまう。しかし、その部族は書籍で読んだような文化圏を持っておらず……有体に言えば、人食い族だった、というシナリオ。
目を覆いたくなるようなシーンが多かったため、血や内臓が駄目な人は絶対に見ない方がいい。因みに僕は見てる時は『ウワワワワワ……』ってなるけど終わった後に平気でお肉とか食べるタイプ。まあ魔族だからね。
狂気控えめ野性多めのミッドサマ―みたいな感じだった……というのも、人食い族は別に人が憎くて仕方ないから人を食べてる訳でも、お腹が空いて仕方がないから人を食べている訳でもない。そういう文化圏だからそうしているだけなのだ。彼等には愛もあれば信仰もある、仲間意識もある。それ故に尚更、人を食うという異常な行動が恐怖を掻き立てるのかもしれない。
というか、『タッカーとデイル』といい、スプラッター映画の意識高い大学生死に過ぎだろ、監督陣は大学時代何があったんだ。
2/1~4 劇場版ペルソナ3(合計4本分)
Amazonプライムにて視聴、メンバー限定配信とかで同時視聴したかった気持ちもあったのだけれど、現在のスケジュールに同時視聴枠を4回分入れようと思うと2ヶ月ほどかかる感は否めないので泣く泣く断念した。
ペルソナ4のアニメ放映時より後に劇場放映されただけあって、賛否両論あるかもしれないが、キャラデザは綺麗な感じに仕上がっていた。(友近の唇が普通になっていたり、ジンの前髪が増えていたりした。)
だが、何よりテコ入れがあったのは荒垣と天田の関係性だろう。ゲーム本編では、荒垣と天田の間に『荒垣を殺したい復讐者』と『天田を守りたい守護者』以外の関係性はなかったように思う。しかし、劇場版の天田は戦闘中荒垣に何度か助けられており、私生活でも荒垣に好意からついて回り、荒垣と撮った写真を大事そうに眺める場面もあるなど、かなり信頼を寄せているのであろう描写が垣間見える。真相判明後は信頼余って憎さ百倍みたいな状態になるんだけどね、どうしてこうなった。
あと伊織とチドリ周りのエピソードが凄く丁寧に描かれていてよかった。チドリの遺品である「最後に描いた伊織の絵」が実際に見られるのは、劇場版だからこそだよな、と感慨深くなってしまったね。
2/2 ポケットモンスター ミュウツーの逆襲
言わずと知れたポケモン映画第一作、ミュウの睫毛から創られたポケモン『ミュウツー』(割に目元は全くミュウに似ていない)が同じく『人間に創り出されたポケモン達』と一緒に人間へと反旗を翻すという内容。リメイクされた方は劇場で見たのだけれど、第一作目は見たことがないな……となったのでAmazon Primeで視聴。
で、これはどちらのファンにも申し訳ない見解なのかもしれないけれど、この映画、めちゃくちゃAKIRAに影響を受けてるんだろうなって思った。ポケモン映画の黄金パターンとして、主人公のサトシが出て来る前にメインを張るポケモンの過去回想みたいなのが流れるんだけど、回想に出てくる研究所のパラメーターとか機械とか、ミュウツー(少年時代)の思い出とか、こう、なんか……AKIRAなんだよ。
この時代のポケモン映画特有の仄暗い雰囲気があるのもいい。人の罪で生みだされた存在が人に復讐をするという、親子連れ御用達のアニメとは思えないくらい重苦しいテーマ性を劇場版の第一作目に持ってくるスタッフの決断凄いよね。ポケモンのゲーム内にも時折ブラックジョークじみたイースターエッグがあるし、案外こっちの方が制作陣の本質なのかもしれない。
あと、ミュウツーに挑もうとするポケモントレーナーの一人が、水ポケモン統一みたいなパーティーの中にしれっとニドクインを混ぜていて笑ってしまった。そいつ水弱点だぞ。
2/4 ポケットモンスター ココ
ミュウツーから一転、ポケモン映画最新作。群れで縄張りをつくって行動するポケモン『ザルード』に拾われた人間の子供『ココ』が主人公の物語。こういう家族モノに弱い僕は、ああ、これ多分目から魔界汁が出るんだろうな……と思いながらもAmazon Primeで視聴。『血の繋がらない二人が衝突を経て本当の親子になっていく』の字面だけで泣けるもんね、最早。
ココは赤子の時に川に流されている所をザルードというポケモン(以下:とーちゃん)に拾われた。とーちゃんはココを群れに連れ帰って育てようとするが、ザルードの群れは結束を強める為に他の種族の子供を育てる事は出来ないと、とーちゃんは群れを追放されてしまう。それから、とーちゃんは森の中でポケモン達と交流しながらココを育てていった。
ただ一つ問題だったのは、ココは人間と出会った事が無いため、自分をザルードの子供だと思っている事だった。とーちゃんも、自分とココの繋がりが無くなってしまう事が怖くて、ココが自分の本当の子供ではない事を言い出せずにいた。そんな中、ココはたまたま森に来たサトシと出会い、『人間』という種族を知った、知ってしまった。自分が人間だという事を知ったココは、真実を伏せていたとーちゃんを責める。そこに森林開発者の魔の手が忍び寄り……みたいな話。
実はポケモン作品の中で『人による殺人事件』が発生した初めての映画だったりする。最初から最新まで、ポケモン世界の裏には常にアンダーグラウンドの影がある。ラストシーンで僕はやっぱり泣いた、親子愛というのに弱いのだ、僕は……。
2/11 エスター
ネタバレは有名だけど実際には見た事のなかった映画、Amazon Primeにて視聴。孤児院で夫婦が引き取った少女『エスター』が家庭内を滅茶苦茶にしていく物語。ホラー映画というよりはホラー要素が多めのミステリー映画なのかなあって感じ、人怖サイコホラーという程残虐ではなく、純粋なミステリー映画という程の壮大な仕掛けもないので。……こう書くと一見つまらなさそうに見えるが、見事な伏線回収やストーリーの上手さも相まって凄く面白かった。恐らくそう遠くない内にもう一度見ると思う。
ホラー映画特有のバタバタ人が死ぬ人生終了劇場みたいなシーンも無ければ、最後はスカッとする暴力と少しの後味の悪さで終わる作品なので、ホラー映画は見たいけどグロいのとか怖すぎるのはちょっと……と言う人には、これとチャイルド・プレイを見せてあげたい。
ただエスターが父親を誘惑した動機だけは、なんだろうか、少し可哀想だと思ってしまった。彼女は望んで病にかかったわけではなく、本当は普通の生活を送りたかったのだろうという事が垣間見えてしまって……あとオチを知ってから映画を見ると〇〇なのにこんな事をしているのか……。と冷静になってしまって良くない。
2/13 大怪獣のあとしまつ
例 の ア レ 。
映画紹介をしていたVtuberとしては、これを見ないのはウソだろう、と言う事で三連休の最終日に銀幕で視聴。僕が良く行く映画館は割と人がいない所なのだけれど、席が七割近く埋まっていたので、『これ、Twitterのオタク人類が騒いでいるだけで普通の映画なのではないか?』と思ってしまった。
そして、結論から言うと僕は割と楽しめた。
というのも、あの作品がこうも叩かれていたのは、『ポスト:シン・ゴジラですよ!』みたいな宣伝とか、『怪獣映画の新時代!』みたいな広告とか、いわゆる『公開前の特撮作品ですよアピールからの本編の落差』が酷かったという話だったので、元々特撮を見る方でも無ければ、SNSでコメディ映画だという事を知っていた僕は妙な錯誤を起こす事も無かったのだ。俳優陣にもお金を掛けているし、映像も悪くなかったし、ドレッドヘアーのオダギリジョーが格好良かった、ギャグは滑っていたけれど。
まあただ、特撮好きが特撮映画の体で見に行ってこれを出されたら怒るのも無理ないなぁとは思う。フランス料理を食べに行ったら牛丼が出てきたいみたいなさ。牛丼屋に行くつもりで行った僕は許せた、と言うだけの話。
2/16 パラサイト~半地下の家族~
映画の主題と名作だという事だけを知っていた韓国の映画、Amazon Primeにて視聴。衝撃のラストシーンを経て、見終わった後の感想は『この感情をどこに片付ければいいのか』だった。この作品は喜劇ではない、でも悲劇でもない、ラストシーンで起こった事件は言うなれば自業自得の結末に他ならないからだ。故に悲しい、と言う感情をストレートに抱く事はなかった、ただ、やるせない、深い深いやるせなさが僕を襲った。
お金が無いため、立地条件の悪い所にしか住めず、半地下に暮らす事を強いられている四人家族の長男が主人公。主人公は、友人に紹介されて豪邸に住む娘の家庭教師になる。自らの良い給料・職場環境を見て一計を案じた主人公は、自らの妹を別分野の家庭教師として紹介する。本当は学歴も家庭教師の資格もない妹だったが、持ち前の演技力で金持ちの夫婦を騙し、豪邸で働く事に成功。
それから主人公たちは、自分の父母もここで働けるようにしようと、既存の運転手と家政婦を追い出す作戦を画策していくのだが、その手段は段々と非合法さを増していく……。かくして、自らの経歴を詐称しながら、家族全員が豪邸で仕事をするという状況になった。計画は全て上手くいったかに見えた、ある豪雨の日に訪問者が現れるまでは。
ギャグテイストの豪邸潜入パートから一転、後半の空気感はアンダーグラウンドそのもの、貧困、差別、職業問題、現代韓国にある様々な問題を描いた作品。後半の急転直下な展開で感情が追い付かなくなる非常に良い映画。映画の作りは洋画に近い気がしたので、仄暗い雰囲気の洋画が好きな者は一見の価値があると思う。
2/20 劇場版 水の都の護神 ラティアスとラティオス
20年前の映画なのか……Amazon Primeにて二度目の視聴。最新作であるココの悪役がゴリゴリの殺人犯だったのに対し、本作の悪役は仲良し怪盗姉妹、華麗な手口を好み、目標を盗み出した跡には薔薇の花を一輪添えておくなど、所謂『あまり卑劣な事をしなさそうな悪党』だったので、ココの時に感じた妙なハラハラを感じずに楽しむ事が出来た。
さて、この映画について一番初めに語りたい所は、町の描写の美しさである。水の都というタイトルから察しが付くかもしれないが、本作の舞台はヴェネツィアがモチーフとなっている。ヴェネツィアは街に道路が無く、代わりに運河が通っているという非常に珍しい構造をした都市だ。土地が狭く住居が詰まっており、色彩豊かな家が連なって御伽噺の舞台のようになっている。冒険の舞台としておあつらえ向きな美しい風景だ。BGMも凄まじく合っていた……。
この映画の印象的なシーンとして、ラストにラティオスが街を守るためにその身を捧げて津波を堰き止めるというシーンがある。最初に見た時、僕はラティオスは死んだ物だとばかり思っていた。だが、ラティオスが消えた後に彼が『ゆめうつし』でサトシ達に地球の風景を見せていた事を考えると、そうではないのかな、と思い直した。
その身を犠牲にしたラティオスは人々の生活と街、ラティアスを守り天に昇った。そして、俗称ではなく、文字通りの『水の都の護神』となった。町に戻ってはこないが、天から町を見守る存在になったのである。そう思うと納得のいく点は多い。
何気にポケモンアニメで初めてキスシーンが出て来た作品でもある。相手ラティアスだけど。
2/23 ゾンビ津波
何故見てしまったのか、タイトルから地雷である事が丸わかりだろうに。確かに下手に小洒落たタイトルで釣ってC級映画でしたー!というタイプの作品よりは、タイトルでC級臭さを前面にフィーチャーしてくる映画の方が悪質性は少ない。そういった好感の持てるポイントが、休日で時間を持て余した僕の食指を動かしてしまったのだろうか。Amazon Primeにて視聴した。人は何故あからさまなC級映画をそうとわかっていながら見てしまうのか、恐らくこれは永久の命題であろうと思う。
とある製薬会社が、新薬開発の治験で失敗したせいでゾンビにしてしまった人々を海に沈めた。その海に沈められたゾンビ達が、津波に巻き込まれて街に流されてくる。というのが大まかなあらすじ。本作のゾンビは、流されてくるっていう割に水上で人を見つけたら普通に追って来る……平泳ぎで。
陸の上だとゾンビ特有のゆっくりとした歩行なのだが、やはり長年海に沈められていたために水に対する適正が出来ているのだろうか、死後硬直などなんのその、全身を大胆に使った平泳ぎを披露してくれる、なんでやねん。
ゾンビに電気が有効と分かった後、即座に主人公がククリナイフにスタンガンを巻き付けて電気が流れるように改造した脱法エクスカリバーや、ドラムスティックを両手に持ってゾンビを叩きながら「スネア!」「シンバル!」「バスドラム!」とコンボ音声を発する謎のドラマーなど、要所要所で面白い部分があったのは見所。
Amazon Primeで見たから笑って許せた、そんな映画だった。
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以上、今月も非常に楽しい映画体験が出来た。
来月も投稿予定、お楽しみに。