人間界での僕の住居近くの池には、ある伝承があった。
曰く、元々この地は自然豊かな村であったのだが、ある日を境に突然村に雨が降らなくなってしまった。大地は乾き、畑は枯れ、人々は苦しんだ。
そんな中、現状を憂いた村長の娘が、天神に祈りを捧げて村を救うために、生贄になろうと池に身を投げた。彼女の犠牲に心打たれた池の主である大蛇は、龍に嘆願してこの地に雨を降らせてもらった。村は再び自然豊かになり、人々は平和に暮らした……という物である。
なお、この伝承は池にある看板や市のウェブサイトにも掲載されているなど、一般的な知名を得ている伝承である。多少歪に感じる所も無いでは無いが、良くある類の伝承だ。
だが、その池の近くにある神社で年に一度行われている祭を見た時、僕は激しい違和感を覚えた。
祭の内容が、おかしいのだ。まず、市内の若い衆が米俵(儀式用に軽めに作った物)を持ち上げて一列に並ぶ。そして、まるで蛇が動くように米俵を波状に揺らす。それが一通り終わったら、米俵を下に降ろし、若い衆が米俵を農具で破壊する。以上が儀式の一連の流れだ。
米俵を持ち上げて波状に揺らすのは、近くの池の主である大蛇を模した行為だと思われる。そこまでは解る……でも何故、皆は最後に米俵を……村を救った大蛇を模した物を壊して回るのだろう。村にとって大蛇は、龍を説得し村に雨を降らせてくれた感謝すべき相手なのではなかろうか。
当時、こういった事に興味は有れど、明るくなかった僕は、近くにいた人間に話を聞いた。彼は祭で米俵を持っていた若い衆の一人だった。だが、彼も儀式の流れは知っていても、その行為が何に由来しているかは知らないという。神主は忙しそうにしてるし、話を聞けるような状態ではない。
僕もその時は、まァ気にするほどの事ではないかと帰路に就いたのだが、日を過ごすにつれて、段々と、段々と気になってくる。一体あれは何だったんだ……気になる、気になって夜も眠れない!(当社比)
そして、僕はこの謎の正体を探るべく『ある施設』に赴いた。そう、公民館だ。
公民館では、土地の歴史や行事の由来を記した資料を貯蔵してある事が多い。僕はそこに、祭で行われていた奇妙な行動の答えがあると見込んだ。
そして、見込み通り公民館には土地の歴史書があった。土地名の由来、かつての村長の家系図と思われる写真等、色々な資料が掲載されている。そしてその中には、池の大蛇伝説に関する文が載っていた。僕はそれを見て衝撃を受けた。
曰く、この池に大蛇の伝説が残っていたのは本当のようだ。しかし、大蛇は一般的に知られているような善良な存在ではなかった。
それどころか、村に雨を降らせてやる代わりに、年に一度若い娘を生贄にする事を求めてくる邪悪な妖怪だったのだ。村人達は生き残るため、年に一度だけ白羽の矢が立った家の娘を生贄にしていた。
しかし、村人からの信頼も厚く、心優しい村長の娘が次の生贄になる事を知って、村人達は一斉蜂起、村全体で力を合わせて、多数の犠牲者を出しながらも大蛇を退治したという。
そう、この土地の大蛇伝説は後年になって改竄された物だったのだ。年に一度生贄を出していた、というのが市のブランド的にイメージが悪くて修正されたのか、どんな意図があったのかはわからない。
だが、若い娘を喰らうおぞましい大蛇は、後年、人間の強い味方として存在を改竄されたのである。
これで祭の時に感じた矛盾にも合点がいった。村を救った存在である大蛇を模した米俵を、村人が何故破壊したのか。理由は簡単、大蛇は村を救ってなどいなかった、むしろ村を滅ぼさんとする大敵だったのである。若い衆が皆で米俵を破壊するのは、村人が全員で蜂起し、大蛇を打ち破った事の再現だったのだろう。
歴史の中で葬られた伝承が、儀式という形で残っていたわけだ。僕はそれを知って満足すると共に怖くなった。
今語り継がれている歴史は、本当に真実なのだろうか。人の手で捻じ曲げられた偽りの歴史を僕達は過去だと認識しているのではないか、と。
そして、僕は決めた。自分の見える範囲だけでもいい、こうした『文化の真実』を探求して、語り継いでいこうと。
それからしばらくして、この行為が『民俗学』という学問の目標そのままであったことを知り、僕は民俗学を学んでいると自称し始めた。
魔界出身者である僕が、この国の文化を理解する。その学びの道は遠く果てないが、僕に残された時間もまだ長い。人類史を編纂し、保護していくのも悪くないか、と考えた出来事だった。
縷々道 生我
2022-03-20 16:22:02 +0000 UTCるしお
2022-03-20 07:14:20 +0000 UTC