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【イブキライズアップ】第5話 ハマユウの花が咲く【未実装ウマ娘】

※本作では競馬の綺麗事ではない暗部にかなり踏み込みます ※最終ページに予想と観戦マナーにも役立つ元ネタ解説があります ※地方競馬万歳! Part.1 どくれの涙  安ホテルの一室でライズは目を覚まし、柄にもなく昔の夢を見てしまった事実に呻きながら起き上がった。ウララの招待など受けたのが間違いだったのだと後悔した。  ライズのその後はお定まりの物だった。実家へ帰って人間の中学校に入り直したものの、ライズは案の定馴染むことが出来ずに非行の限りを尽くした。  ライズはウマ娘の体力を暴力に転用して相手構わず喧嘩を繰り返しては人を傷付けるようになった。切り取られた脚の痛みはなくなったが、代わりに心がどこまでも傷付いていった。  ウララとトレーナー、そして幾らかのコウチの仲間がライズの今を知ってか知らずか時々連絡をくれた。それによると、コウチの経営はウララの稼いだ金で設備投資をして随分持ち直したと聞いていた。それだけが秘かな誇りであった。  それだけに、能天気にドレスなど着込んで贅沢なパーティーをするURAの連中が許せなかった。そして、ウララがその仲間入りをしてしまった事も。  シャワーを浴びて着替え、後生大事にしているかんざしを髪に挿した時、誰かが部屋のドアをノックした。 「ライズちゃん、居る?」  ウララだ。ライズは無視しようかとも思ったが、悩んだ末にドアを開けた。そこには制服姿のウララが居る。 「学校は?」 「ライズちゃんが心配で、抜けてきたの」 「そんな事してると私みたいになるよ」 「ライズちゃんみたいに大きくて綺麗な髪、いいなあ…」  ウララはどこまでも能天気だ。今や自分など比べるのもおこがましいGIウィナーだというのに、コウチで負けても負けても笑っていたあの頃と何も変わっていない。 「ねえ、喫茶店行こうよ」 「喫茶店?」 「そこにコウチみたいに凄いモーニング出すお店があるの」  ライズは渋ったが、ウララはそんなライズを引っ張って喫茶店まで連れて行った。 「みんなライズちゃんの事心配してたよ」  トーストに目玉焼き、サラダにオレンジ、そしてコーヒー。ウララはテーブルに並んだ豪勢なモーニングを賞味しながらライズを安心させるような事を言った。 「心配ねえ…」  だが、ライズはトーストをかじりながらつまらなそうに返した。 「ファルコンちゃんが特に。ローカルの事をちゃんと考えてなかったって」 「他の連中を許しても、あいつだけは許さない」 「そう言うだろうって…」 「まあ、こんな社会の屑が許そうが許すまいが、ウマドル様には関係ないでしょうけど」  ライズは窓の外を通って行く人たちを眺めた。スーツを着込んだ男女の中に、時折長い耳のついたウマ娘が混じっている。 「私はもう走れない。まともな生き方もできない。ウララ、あんたは特別だったけど、ウマ娘が世間に相手をしてもらえるのは勝っている間だけ。一生分の運を使い切った後は単なる肉の塊よ」 「そんな事ないよ」  ウララはテーブル越しに目一杯身体を伸ばしてライズの手を取った。 「私じゃなくてライズちゃんが特別だったの。ライズちゃんが居たから私はURAに来れたし、ライズちゃんみたいになりたくて頑張ったの」 「じゃあ、最期はこうね」  ライズは義足でテーブルの脚を蹴り付けた。その不気味な金属音に店に居合わせた客は皆振り向いた。 「それでもいいよ。だって、レースに勝つのって最高だもん」  ウララはウマ娘を待ち受ける暗い末路さえも吞み込んで笑顔を崩さない。そのあまりに眩しい笑顔を、ライズは直視できなかった。 「ねえ、ライズちゃん。今度の県知事賞に来ない?」  ライズの複雑な感情を知ってか知らずか、ウララは意外な事を言った。 「黒船賞ならともかく、今更県知事賞に出てコウチの娘からトロフィーを横取りする気なの?」 「違うよ。ゲストに呼ばれてるの。ライズちゃんも一緒に行こうよ」 「冗談でしょ?私が行って何になるのよ」 「そんな事ないよ。皆ライズちゃんに会いたがってるって」  実は、ライズはトレーナーからも何度かそういう手紙を貰った事があった。だが、ライズはその度に無視した。こんな脚を無くしてどくれたウマ娘などお呼びでないと思ったからだ。 「ライズちゃんが来ないなら、私も行かない」 「何て事言うのよ」 「行かないったら行かない!」  ウララはは嘘をつかないしつけない。それをライズはよく知っている。つまり、ウララは本気でライズをコウチへ引っ張って行く気らしい。 「…分かった。それなら行くわ」  ライズは自分がああまでして守ったコウチを困らせたくないので渋々承知した。 「…ライズちゃん、泣いてるの?」 「うるさい」 Part.2 黒潮夜曲  夕闇の中を照明に照らされながらウマ娘達が駆け抜けていく。コウチはウララのもたらした利益をつぎ込んでナイター設備を導入し、初めて冬場にナイターレースを開催したシリーズとして注目を集めている。 「ちょっと薄暗くない?」  ライズははしゃぐウララを横目に久しぶりに訪れた思い出のレース場が照明以外はあまり変わっていないのに驚きつつ、その照明が少し暗いのに気づいた。 「けどナイターだよ」 「そう。夏は楽でしょうね」  真夏のコウチの日差しの中で走った思い出がライズの中を駆け抜ける。だが、冬は一層寒そうだ。  相変わらず怪しいウマ娘も混じっているが、生徒も増え、他のトレセンに遠征しても良い勝負をするようなウマ娘も増えているらしい。  確かにコウチは変わったのだ。サガでローカルの矜持を語って見せたカシノオウサマはどうしているのだろう?ライズは久しく忘れていた人を気遣う心を取り戻した。 「さあ、メインレースの高知県知事賞を前に、特別ゲストの登場です。コウチが生んだスター、ハルウララ!」  アナウンサーがそう紹介すると同時に、勝負服に身を包んだウララは元気一杯でパドックに姿を現した。  かつてより明らかに増えたお客さんは大歓声を上げた。だが、その反応がライズは不安にさせる。誰もがウララを知っている。だが、自分は違う。 「さて、ハルウララがスターになれたのは、元はと言えば彼女が居たからでした。コウチを背負って連勝街道を進む娘が居る。そしてめげずに連敗街道を突き進む娘が居る。そう私はマスコミに紹介しました。彼女達は二人で一人だったのです」  アナウンサーの口上にギャラリーがどよめく。そのもう一人のスターを知っているファンはまさかと思い、知らない大多数のファンは首を傾げた。 「18連勝の大記録、そして怪我を押して高知県知事賞優勝。花を咲かせたのがウララなら、その土を耕したのは彼女でした。コウチの誇り、イブキライズアップ!」  かんざし以外は捨てて行ったつもりだった勝負服に身を包み、義足を隠さずライズは舞台に出た。 「お久しぶりです」  一瞬静まり返ったギャラリーを前にライズがそう挨拶すると、観衆の中に混じった見慣れた顔のファン達が拍手をした。そして、脚を失うまで走り続けたこのウマ娘を称えて何も知らぬファンもこれに続いた。 「おんちゃん、あれ誰で?」  大昔からコウチのレースに通い詰めて来た叔父に連れられてやって来た、ファン歴の若い青年が叔父に耳打ちした。 「げに凄いウマ娘よ。あいつがおらんと、コウチはもう潰れてのうなっちゅうぜ」  これが最後の県知事賞かも知れないと毎年気を揉みながら足を運んだ日々と、ライズの活躍と最期に思いを馳せて、叔父さんは目に涙を浮かべた。 「ナイターになってメインレースの順番が早くなった他は昔と変わりませんね。お餅が欲しくてお客さんが集まるのも同じ」  ライズのジョークにギャラリーから笑いが漏れる。県知事賞の後は餅投げが行われるのがコウチの古くからの伝統だ。  県知事賞と前のレースとの間に行われたウララとライズのトークショーは大盛況のうちに終わった。こんな義足の不良少女になってしまった自分を、コウチのファンは忘れずに居て歓迎してくれる。だがライズは涙をこらえた。表彰式があるからだ。  県知事賞はグランシュヴァリエというウマ娘が制した。彼女もまた故障でURAを追われてコウチに流れて来た身の上だ。  だが、コウチのトレーナーは怪我を丁寧に治し、今や彼女はコウチの代表として全国を股にかけて走っている。  ライズはウララと二人でかつて自分も手にしたトロフィーを手渡しながら、彼女にかつての自分を見た。だが、風向きは確実に良くなっている。 「先輩、私はあなたを尊敬しているんです」  胸甲と軍服を模した勝負服を着こんで帯剣し、長い黒髪をなびかせていかにも気の強そうなグランは、トロフィーを受け取りながらライズに言った。 「私なんかを?」 「正直、コウチに来た時は悔しかったですよ。けど、皆私に先輩みたいになれって言うんです」  グランはトロフィーを高々とギャラリーにかざすと、空いた方の手でライズの手を取ってこれまた高々と上げた。 「先輩が私達の道を作ってくれたんです。先輩は誇りですよ」  ウララが負けじとライズのもう片方の手を取って上げた。万歳のような形になったライズは、耐えきれずに顔をぐしゃぐしゃにして泣いた。 Part.3 Once Upon a Time in Kochi  コウチトレセンの朝は騒がしい。何しろどこを見ても問題児ばかりだ。だとしても、今日は特別だ。  昨日コウチトレセンで何年ぶりかの入学式が行われた。コウチに娘を託そうという親が現れたのだ。それは、コウチのどん底を知る関係者にとって涙を禁じ得ない感動的な出来事だった。  彼女達はまだほんの子供だ。それが大挙して狭い寮に入って来たものだから騒がしくなるのが当たり前だ。真新しい制服に身を包んだ少女達が寮の門を出て行くその姿に、庭先を掃除していた彼女は目を細めた。  ライズはコウチの人達が自分を大切にしてくれている事を思い知り、更生して真っ当に生きる決意をした。それはレースより大変な道のりだったが、どうにか高校を卒業したライズは、コウチトレセンの寮の管理人に収まった。  コウチは経営再建の途上にあるので人手が足りず、そのくせウマ娘は問題児ばかりなので寮生による自治には限界があった。そこで、コウチのかつての苦境とウマ娘の辛い宿命を知り尽くしたライズに白羽の矢が立ったわけだ。 「ねえ、おばちゃん」  一人の新入生がそう言ってライズのエプロンを引っ張った。 「お姉さんって呼びなさい」  ライズは苦笑した。何しろまだ20歳そこそこである。 「うちのおんちゃんが言うがよ。コウチらあ行ったらええウマ娘になれんて」  その娘は親戚のおじさんに脅かされて不安がっているようだった。コウチのウマ娘のレベルは目に見えて上がっているが、それでもまだ軽く見られるところがある。 「大丈夫よ。コウチはね、出来ないはずの事を出来るようにする場所なのよ」  ライズはしゃがみ込んでその娘の頭を撫で、優しく微笑んだ。 「皆そんな心配を抱えてコウチにやって来る。皆コウチなんてって思うし、思われてる。けど、あなたがそれを変えるかも知れないわよ?」 「うちも、おばちゃんみたいに凄いウマ娘になれる?」 「なれるわよ。私なんかよりずっと凄くね」  ライズが脚を無くすまで走り続けてコウチを守った事を、ウララをスターに押し上げた事もこの娘は聞いていた。例え華やかなURAの舞台に自分が立てないとしても、そんな物語を持ったウマ娘になりたいと彼女は願った。 「あなたの名前は何て言ったかしら?」 「ディアマルコ!」 「そう。ディアマルコ、コウチにはディアマルコが居るって言われるように頑張るのよ」 「はい。頑張る!」  ディアマルコはそう言い残して走って行った。ライズは彼女の走りに自分の比ではない未来を見た。コウチの未来を創る新入生達が、ライズには眩しかった。 元ネタ解説 Part.1 モーニング:  高知県は喫茶店が人口に比して最も多い県とされる。モーニングで別料金を取らず、朝だけでなく一日中出す店が多い。 ハルウララと高知:  ハルウララは引退以来高知に戻っていないが、壁画がスタンドに描かれた。 Part.2 冬場にナイターレース:  これは温暖な気候を利用した全国で最初の取り組みで、土日開催ということもあって売り上げ回復に多大な貢献をした。 ちょっと薄暗くない?:  事実高知競馬の照明は大井に比べると暗い。その一方、ゲートにLEDディスプレイが付いていたりと創意工夫に富む。 遠征しても良い勝負をする:  近年高知競馬のレベルは劇的に向上し、今や西日本で高知の馬が重賞を勝ち取るのは珍しい光景ではない。 これが最後の県知事賞:  高知競馬は単年度赤字を計上したら廃止と決定しており、2000年代は常に今年で廃止とささやかれる有様だった。 グランシュヴァリエ:  2005年生まれの牡馬。中央で3勝をマークするも屈腱炎で高知へ。南部杯3着を筆頭に交流重賞で活躍を見せ、引退後はなんと種牡馬になった。 Part.3 人手不足:  在籍馬が急激に増えた為に人手が不足し、高知競馬の現場は大変忙しくなっている。  地方競馬全体の傾向だが、中南米の騎手や調教師が厩務員として働いている事がままある。 ディアマルコ:  2013年生まれの牝馬。高知で十数年ぶりとなる新馬戦を制し、2018年には地方競馬の最優秀古牝馬に選ばれる活躍を見せた。

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