※本作では競馬の綺麗事ではない暗部にかなり踏み込みます ※最終ページに 予想と観戦マナーにも役立つ元ネタ解説があります ※私の独自解釈で、交流重賞並びに地方のビッグレースも勝負服着用です ※ボンネビルレコード、お疲れ様 Part.1 出来る事と出来ない事 ゴーディーは雨上がりと共にまた日常に戻った。東京ダービーを目指す道もなかったではなかったが、実力も、距離適性もそれは厳しいと示していた。 なら迷わず己の道を進むだけだ。すっぱりとクラシックを諦めたゴーディーは短距離重賞に狙いを定めたが、入着は出来ても勝てそうもない。 黒潮盃で勝ったのはソノダから遠征してきたオオエライジンというウマ娘だった。南関シリーズも近頃は他所のウマ娘にレースを脅かされる事がある。世界は広い。 そこで今度はレースのレベルを落とした。無謀な挑戦よりも堅実な道を。ローカルでレースをするというのはそういう事だ。まだ先は長いのだ。 目論見通りゴーディーは自己条件のレースを危なげなく逃げ切り、15戦目にして2勝目を掴んだ。これでいいのだ。出世を急ぎ過ぎると不幸になるのが南関シリーズだ。 「ウチの勝負はこれからや!」 ゴーディーはウイニングライブで力強く宣言して久々に歌った。急いでも損だと分かっていても、やはり勝利は気分が良い。 勢いに乗ってゴーディーはオープンレースに挑み、ムーンライトカップをハードな逃げ合戦の末に制して連勝でオープンクラスに仲間入りした。 事実ゴーディーは成長していた。シーズンを終えて正月のレースを制し、ウラワ遠征や再度の重賞への挑戦も経て色々な物を学んだ。 つまり、ゴーディーは頑丈だがオープン馬としては下の方で、長い距離や左回りには適性が無い。それは決して悪い事ではなく、レースを通じて身の丈を知り、それに応じてレースを選べるのが南関シリーズの良さだ。 つまり、オオイの短距離なら、それもオープンレースなら勝負が出来るとはっきりしたのだ。それは大きな収穫であって、数戦の失敗でそれが分かるなら望ましい事だ。 それでも重賞ウィナーになりたいとゴーディーは思ったし、ファンもその日を待ち望んでいた。アラブの末裔が重賞をっ勝ち取る。それはきっと素晴らしい事だ。 そこでゴーディーとトレーナーはオオイの短距離重賞で、有力馬が揃わない夏場のレースに狙いを付けた。サンタアニタトロフィーだ。 「確実に勝てるところを狙っていくわけやな」 「そういう事だ」 「けど、あの勝負服は夏場はしんどいんよなあ」 「アラブは暑さに強い」 「そら単純すぎるのと違う?」 だが、ゴーディーはトレーナーの期待通りタフだった。そして、確実に着を取りながら夏の目標へと進んでいった。 Part.2 ウマ娘の坩堝 3戦続けて2着を取り、前哨戦になるスターライトカップを競り勝ったゴーディーは、十分に仕上げて本番のサンタアニタトロフィーを迎えた。 昔は関東盃と言ったらしい。オオイトレセンがカリフォルニアのサンタアニタトレセンと提携したことを記念して改名したというこのレースはバラエティに富む。 これから出世しようというウマ娘とトップを降りたウマ娘が混在していて、その両者も田舎のシリーズから編入してきたウマ娘と、URAから流れて来たウマ娘が居た。何度もこのレースに挑むウマ娘も多い。 「ボンネビルレコードだ。飛ばずぜ!」 「流石にそりゃ無理だろ」 「もう若くねえもんな」 5つ星を散らした赤いライダースーツにジェットヘルメットという、もはやオオイの景色の一部と言うべき姿のボンネビルレコードもそういうウマ娘だ。 彼女がオオイでの活躍を認められてURAに転校し、大活躍してファンを大いに喜ばせたのは少女時代の事だ。 だが、もう大人になってオオイに帰って来た今でも彼女はこのレースには必ず顔を出す。流石に衰えは隠せないが、ファンのヤジも悪意より親しみを感じさせた。彼女が出てくるだけでファンは嬉しいのだ。 「ボンネの姉さんはやっぱり偉大だね」 このレースで唯一ゴーディーと同世代の、ピエールタイガーというウマ娘がしきりに感心している。 彼女はモンベツの予備校でデビューしてオオイに編入してきたが、わけあってすぐモンベツに戻り、北海優駿を制してダービーウィナーとして戻って来た。そういう複雑なキャリアの持ち主が南関シリーズには多い。 「一筋縄でいかん姉さんばっかりや。ウチらも長い事やっとったらああなるんやろか?」 「どうだろうねえ。けど、あんたは最初から特別でしょ」 「スタートしたらアラブも糞もないわい」 ゴーディーは場の空気に呑まれないように神経を尖らせながらタイガーがパドックに出て行くのを見送った。 「15番、ゴーディーや」 「期待してるぞ!」 「東京砂漠はお前向き!」 ゴーディーはパドックでの人気は高いが、実績が乏しく、15番枠とあって6番人気に過ぎない。これでもむしろ勢いを買われて高く評価されている。 「一番アメリカらしい格好しとるで!」 ゴーディーは何か面白い事を言おうと思い、勝負服のマントを広げて叫んだ。狙ったわけではないが、上手い具合に星条旗風の裏地になっている。 「あんたのお袋の噂は聞いてるけど、アラブって派手好きだね」 大外枠で、このレースを2連覇しているカキツバタロイヤルが戻って来たゴーディーを冷やかした。派手なミニのドレスを何着も持っていて、青い花の髪飾りが特徴的な彼女はカサマツトレセン出身だ。 ゴーディーの母親であるイケノエメラルドは、かつては東海最強のアラブとしてその名を知られた存在だ。確かに母ならこのくらいの事はするかも知れない。ゴーディーは何となく納得してしまった。 Part.3 アラブの怪物 外枠ではあるが、積極的に逃げようというウマ娘が少ないのがゴーディーに有利な材料だった。 ここを目標に仕上げて来たゴーディーのスタートは上々で、枠の不利を打ち消した。 ハナを切ったのはセンター枠のピエールタイガーだ。彼女は逃げる事が出来るかどうかが成績に直結する分かりやすいウマ娘だ。オオイトレセンの生徒だが、カワサキを主戦場にして5連勝して勢いに乗っている。 ゴーディーはその後ろに控えた。逃げるウマ娘というのは往々にして気性が激しく、競り合うと共倒れになってしまうリスクがある。 なら好調なタイガーをすんなり先に行かせて先行集団の先頭でレースを進める。タイガーが大きなリードを取ったからこそ取れた戦術だ。 かなりのハイペースでタイガーは飛ばす。逃げ切れる自信があったに違いない。事実タイガーは潰れる気配は一向になく、3コーナーに入ったところで更に後続を引き離した。 これにゴーディーが先行集団から飛び出して応戦した。人気上位のウマ娘は完全に取り残され、直線に出たところで1バ身差の両者のマッチレースになった。 「勝負や!」 「負けない!」 追い込むゴーディー。逃げるタイガー。長いようで短いオオイの直線で本流とは言えないウマ娘が意地をぶつけ合い、しのぎを削る。URAしか観ないファンにはあまりに不思議な光景だった。 ゴーディーが前に出たのは残り100メートルだった。だが、そこからのタイガーもまたしぶとい。 厳しい競り合いの末、どうにかゴーディーは3/4バ身タイガーを退けてトップでゴールを通過した。 「どないや!」 ゴーディーは喜びを爆発させた。トップクラスのウマ娘達は、たかがサンタアニタトロフィー程度でと笑うだろう。だが、ゴーディーにとっては違う。アラブという血の宿命に打ち勝ったのだ。 「凄いぞ!」 「アラブの怪物!」 かなりのファンが予想を外したに違いないが、外した相手がゴーディーである事を喜んだ。小さいレースかも知れないが、それは確かに歴史の動いたレースだった。 だが、激闘の代償は大きく、ゴーディーは脚部不安で休養に入った。人気者のゴーディーが戻ってくるまで、実に1年以上も待たねばならなかった。 元ネタ解説: オオエライジン: 近年の園田で最高の名馬。本シリーズで取り上げる予定。 左回り: 南関東で大井だけが右回りである。当然向き不向きがあり、極端に成績が偏る馬も多い。 最近大井でも左回りのレースを組むようになったが、これは世界的にも珍しい試みである。 サンタアニタ競馬場: ロス郊外にあるアメリカ西海岸でも最も歴史と権威のある競馬場で、当地でも大井との提携を記念して東京シティカップという交換競走が行われている。 ボンネビルレコード: 2002年生まれの牡馬。中央移籍後ながら帝王賞とかしわ記念を制し、10歳まで走って先日まで誘導馬を務めていた。 ボンネビルは自動車の速度記録大会が行われる塩湖がある。なのでライダースーツと主戦騎手の的場文男騎手の勝負服をイメージした。 パドックでの人気は高い: ゴーディーはその出自からファンからの人気が高かった。地方競馬のファンは思い出の馬の子孫を殊更に大切にするところがある。 アメリカらしい格好: 主戦の赤嶺騎手の勝負服のカラーリングは完全に星条旗だが、これは大井所属騎手にはよくあるデザインでもある。 カキツバタロイヤル: 2006年生まれの牡馬。交流重賞での実績もあり、近年の東海出身馬ではトップクラスに属する一頭。 カキツバタは名古屋市の象徴で、笠松時代の馬主である久世浅市氏の冠名でもある。 騎手が頻繁に変わり、南関で実に10人が騎乗しているので衣装持ちにした。 Part.3 長いようで短い: 大井競馬場の直線は地方競馬としては長いが、それでもサンタアニタトロフィーの行われる内回りコースで286メートル、外回りでも386メートルに過ぎない。 たかがサンタアニタトロフィー: サンタアニタトロフィーの格付けはSIII。夏場の開催というのもあって南関の重賞の中では格下である。