Scum Executioner(掃除屋) いったい何が起きたのか… ふとした気の緩みから、わたしの正体…奇跡の聖能力を与えられたヒロインの素顔を心無い一部の市民に知られてしまい… そればかりか、その人達はわたしの正体を黙っている条件として恥ずかしい行為を要求してきました… たとえ悪人であっても妖魔から守らなくてはならない人々、わたしが少しだけ我慢すればいい…そう思い、人気のない暗がりに連れ込まれ押し倒された直後でした。 好きでもない男性に抱かれる…その恥ずかしさに耐え切れず固く閉じたまぶたに降りかかった生暖かい飛沫、周囲から連続して響いた音のない悲鳴。 おそるおそる、まぶたを開いたわたしの視界に入ったもの… それは数秒前に見たときと同じに下品に開かれた口と突き出された舌、その上の光を失った眼球と滝のように噴き出る真紅の鮮血。 鮮血の奔流の源から突き出るのは漆黒と鈍い白銀がコントラストを形作る刃が二本。たるみの目立つ太い首にギリギリと食い込む漆黒のワイヤー。 そして煌々と照らす月光と満天の星空をバックに立つ女性のシルエットでした。 シルエットは一つではなくその周囲にも複数、全部で5〜6人だったように思います。 いずれも数分前まで下品にニヤつき、わたしを凝視していた人たちの立っていた場所に幽霊のように出現していて… そして、いずれもが手にした音の出ない武器… いえ、暗器に近い凶器で無駄もためらいも無い鋭い動きで本来ならば護るべき対象であったはずの人たちを『狩って』いました。 「ボディカウント!」 「5!」 「6!ラスト!」 「ピケットラインを再確認しろ。一人も逃すな、全員殺せ」 鎖鎌…いえ、単なる鎌ではなく、より殺傷力の高そうな長い片鎌ヤリの穂先型の鋭利な刃に強靭そうな合金ワイヤーが連結され、既に魂を失ってモノと化しているのが明らかな男性の首を締め上げるワイヤー先端には重そうな円柱型の金属塊が存在する武器を手にしたその女性は、80キロ以上は有りそうなその肉体をまるで繋いだ小動物を引き寄せるかのように、無造作に自分の近くへと引きずり寄せました。 その姿は生温い初夏の夜風に翻え揺れる暗色のマントと、手にした得物の放つ凶々しい殺気に私は『死神』という単語を思い浮かべることを禁じ得ませんでした。 周囲はむせかえるような生臭い血臭が立ち込め、赤黒い液体…人血が地面に大量に飛び散っています。 彼女たちは敵なのか味方なのか…未だ何が起きたのか把握できず呆然としているわたしには一瞥もくれず、正面のリーダーと思しき長身の女性が放った小さく鋭い声に同様に返ってくる声。 「妖魔に利敵行為とはいい度胸じゃないこいつら…」 「オールクリア!どうしますか? 」 「フン… 適当に荒くバラしてすぐ見つかるよう放置しておけ、イレギュラーの仕業に見せかけるんだ」 「ラジャ! 裏切り者にも身体くらいは少し役立ってもらわないとですね」 特に気負いを感じさせることもなく言葉を返し、俊敏な動きで凄惨な『処理』を淡々とこなす彼女たちの姿はまるで悪夢の一部。 けれど、頰や髪を撫でる生ぬるい夜風も鉄分をたっぷり含んで漂う濃厚な血の香りも間違いなく現実。 そしてわたしはようやく気づきました… 彼女たちの声を知っていることに、彼女たちが何者なのか知っていることに… ライトプロテクターとマントが組み合わされたデザインは私も知っている煌びやかな色彩基調のものに近かったものの、今は闇に溶け込むような暗色ベースでどこか和洋折衷で優美な構造ラインも、今はやや無骨な迫力を感じさせる物へと変じていました。 「私…いえ、私たちの自己紹介の必要は無いわね」 「は、はい」 ワインレッドの長いポニーテールを翻す長身のリーダー……その人が初めて私に向けて声を発しました。 その凜と響く澄んだ声、そして目から下をマスクで隠しているものの、私を見つめてくるその切れ長の双眸と強い意志が感じられる瞳にも覚えがあります。 この人はナイトレイラ…私たちも所属している世界規模の対魔連合組織『ガイア・シールズ』に結成当初から名を連ね、擁するメンバーは実際に妖魔や魔獣といった異界からの招かれざる訪問者「イレギュラー」を相手に戦闘・駆除を担う“ファイター”のみでも数百名を数えると噂される有力チーム『フェアリッシュナイツ』のナンバー2である副長の方です。 通称FKと呼ばれることの多いフェアリッシュナイツ、その起源は1000年以上昔から魔物やアヤカシと呼ばれていたイレギュラーを狩っていた神道系の追儺巫女の集団である『初音降魔衆=はつねこうましゅう』に持ちます。というより、初音降魔衆がFKというグローバルネームも使っている…と云ったほうが正しいのかもしれません。 概要以外は他のチーム同様に詳しく知らされてはいませんが、古来からの追儺術にとどまらず、忍者や正統派の剣士のDNAを取り入れ、海外の退魔・対魔ノウハウも貪欲に吸収し、更には現代科学技術との融合にも力を入れる柔軟なフレキシビリティに富む強力な対魔チームと聞いています。 そして彼女たちは長い歴史を持つが故か、イレギュラーとの戦いを『人類存続に脅威を与える勢力との戦争』として捉えている面が強く、多少の犠牲をいとわずにイレギュラー殲滅を目的としたその手段を選ばない戦いぶりの苛烈さは、以前とあるイレギュラーを相手にした戦いで幾つかのチームが合同で処理に当たった時、わたしも目の当たりにしました。 そして何より、イレギュラーのみならず自己利益の為にその協力者となった人間(悲しいことですが少なくありません)も同類と判断し、同じように処理する… きっと今夜のこれも、彼女たちにとって物言わぬ物体と化したこの人たちは、イレギュラーとの繋がりの有無に関わりなく『対魔能力者』であるわたしに対しての不埒な真似を働こうとする存在を、イレギュラーへの利敵行為を行う人類への裏切り者と判断したが故なのでしょう。 ガイア・シールズやわたしたちの一般的な基準よりもはるかに苛烈な、残虐とすら表現できそうな、けれどこの上なく合理的な手法を躊躇なく使う…これはフェアリッシュナイツを名乗る以前からの初音降魔衆のやり方なのでしょう。 同じ血縁を持つ女性のみで構成されているFKの中でも、今はレイラさんをトップにした分家筋の集団は、特にその傾向が強いとも聞いた覚えがあります。 そんな彼女たちの過激と感じられる考え方や手法にどこか反発を覚えていたのも確かです。 いえ、助けてもらったにもかかわらず今もそんな風に思ってしまっています。 ただ、だからこそわたしの体は今夜汚されずに済み、わたしの正体が知られてしまった為に、共に戦う大切なお友達に同様の危険が降りかかることが防げたのも事実です… そんなことがぐるぐると頭の中で渦巻き、言葉が出てこないわたしの様子から察したのでしょう。 「私たちの真似しろとは言わないわ、ただ邪魔はしないで」 憐憫も嘲笑も含まない、綺麗だけれど無機的な響きの言葉。 それと同時に、レイラさんは無造作に手にしたワイヤーを引き、刺殺した男性の体を軽々と後方へと投げ捨てました。 月光の下、放物線を描いて飛んだそれは地面に叩きつけられた時には既に幾つかの塊に分断されていました。 つい今まで、自分より背の高い男性の体を喉に突き立てた黒いショートソードを握った右腕一本で空中に磔していたプラチナブロンドのファイターが左腕にも握っていた同じショートソードも用いて一瞬で解体したのです。 彼女ともう一人、念を入れるように短槍を一閃させ頭部と思しき塊を真っ二つに分断したのは誰なのかわかりました。 ナイトシモンとナイトレフィア…わたしと同じ年齢のファイターで、以前の事件で面識のある娘たちです。 「気をつけて帰りなさい」 まるで今夜を象徴するような青みがかった漆黒のマントと、鮮血を連想させるワインレッドのポニーテールを翻し、それ以上わたしから興味を失ったようにレイラさんは踵を返して全ての「処理」を終えたらしい仲間たちの方へ歩み去りました。 数十秒後、少し困ったような仕草で軽くわたしに手を振ったレフィアさんの姿を最後に彼女たちは現れた時と同様、幽霊のようにふっと姿を消して、わたしは一人草むらにへたり込んでいました。 こんなことではいけない…そんな自分が情けなく、わたしはフラフラと立ち上がり、ようやく歩き出しました。 明日にはきっと先ほどの死体が発見され、この辺りも大騒ぎとなっているだろう繁華街の喧騒とネオンに安堵と何か虚しさめいたものを覚えつつ歩いていたわたしの肩が突然叩かれました。 自分でも驚くくらいの勢いで心臓が跳ね上がり、振り返ればわたしと同じくらい驚いた顔のお友達… わたしと一緒にイレギュラーの脅威に立ち向かってくれる大切な仲間。 心配そうに語ってくれた言葉によれば、彼女のプライベートスマホにシモンさんからのメッセージが先刻あったそうです。 わたしが何か思いつめた様子でフラフラ歩いているのを見かけた、妙な雰囲気だったので気になったと… そして心配してくれた彼女がわたしを見つけてくれたのです。 彼女に今夜何が起きたのか、それを話すべきなのか否か迷いました。 言ってしまえば少しは楽になれるのかもしれません、でもそうしたらこのグチャグチャとしたものも彼女に…そう思うとためらわれもします。 曖昧に口を濁しながら、それでも彼女がわたしの傍らにいてくれることが嬉しく、そんな様子のわたしを深く問いただすこともしない彼女の思いやりにも助けられて、少しづつわたしの心の中は落ち着きを取り戻し始めていました。 話さなくてはいけない… やはりそう思います。 今夜のことは、私たちの在り方について改めて大きな問いかけだったと思います。 一概にレイラさんたちのやり方を否定も肯定もできません、決して失敗率も低くはない浄化を最優先としている私たちのやり方考え方が絶対に正しい確信もありません… でも、きっとこの瞬間も世界の何処かで多種多様のイレギュラー達の脅威は存在し犠牲者も出ていることでしょう… たとえ正しい答えがすぐに出ずとも、その脅威に立ち向かえる力を授かったわたしは、また立ち向かわなくてはなりません。 様々な思いを抱えつつも、わたしはまた前に歩を進めました。 END 先日Pixivで公開した『Scum Executioner』の高解像度版と推敲&増量したSSです。 典型的な愛と正義の慈愛深い変身ヒロインである「わたし」の視線から見たフェアリッシュナイツ達の持つ陰の一面といったところです。