メッチャ日記
今日は博物館に行った。すごい心配していた仕事のうちの1つが片付いたというかどうにかなったっぽいので、ずっと行きたかった展示を見に行った。
火曜日、水曜はとても天気が悪くなるらしいと人から言われなんで私が楽しみにしている日は必ず天気が荒れるんだと恨んだ。だって仕事の日ほどよく晴れる。キャンプへ行こうと約束する日に台風が来る。楽しみにしていた日はだいたい雨が降るからだいたい私は傘を持ってどの靴で行くべきかと玄関で悩む。
雨は降っているし、電車は満員だった。息苦しいけど目を閉じて電車に揺られた。乗り継ぎをしたら誰も電車に乗っていなかった。そこからは仕事のために行動する人がほとんど電車に乗っていない印象だった。どこかへ行くために乗っている人たちがぽつぽつといた。私もそのうちの一人だった。私は昔から電車に乗るのが大好きで、音楽を聴きながら変わるようで変わらない景色を見るのが好きだった。電車で半日以上かけて北から西へ移動したこともあった。ずっと座っているとおしりがいたくなるけど、それ以上にぼんやりするのが好きだった。
途中で沼の近くを電車が通った。たくさんの白鳥が沼にいた。白鳥の向こう側には青空と晴れ間があった。連ねる山には雪が被っていた。それだけの景色を見て、私は泣いた。え。なんでやねんと今読んでる人は思ったかもしれないけれど、一番私が意味を分かってない。疲れているとか病んでいるとか感受性ヤバすぎるとか色々理由はあるのかもしれないけど、私は山を見て電車の中で泣いた。今でもなんでだよ、という気持ちだがこの前は孫と買い物するお祖母ちゃんを見て泣いたし、もう終わってんだとしか思えへん。涙腺が壊れているとはこういうことを言うのか。
展示を見ても泣いた。文字にある気迫や生涯絵を愛したという言葉や彼の信じるものや哲学や交友関係や才能や時代背景や夢をかなえた姿そしてこの大作の数々、これを300円で見れていいのですか、そしてなんでこんなに生に溢れているのですか、なんでこんなに打ち込めてまっすぐなんですかと、今考えたら思うことが色々あったが、その時はもう圧倒されて泣いた。生命力に感動した。
小学生たちがなんかスゲーのはわかる~って感じで校外学習をしていた。本当に…小学生の前で泣かなくてよかった、トラウマだろ。学校の授業で博物館に遠足来たら成人女性が展示の前で泣いてたら怖いだろ。展示から出るとき、学芸員が私に深々とお辞儀をした。絶対泣いたのバレてただろうな。嗚咽を漏らして泣いてたわけじゃないけどハンカチ出して鼻すすってたら花粉か風邪か泣いてるしかないしな。お大事にの意味を込めてだったのかもしれない。早計か。
あとは濁流を見ていた。雨が朝降っていたから、川はもう茶色い水がダバダバ流れていた。もみじがモミクチャにされていた。ここに落ちたら死なないだろうな…とか思いながら、ずっと濁流を見ていた。日差しが暖かかったけどあまりにも濁流だったので途中で見るのをやめた。熟年夫婦が濁流をのぞき込んで怯えていた。
近くを散歩した。私は散歩をするのも好き。ボロボロの神社へお祈りしたり、まっすぐ伸びたマツの木を眺めたり、棚田を見たり、人んちのクリスマスオーナメントやウソのイヌを見たりしていたらバスが来たので乗った。虹がかかっていた。バスの中に乗っているおばあちゃんに教えてあげようと思ったけど、反対方向を見ていた。教えてあげればよかった。後悔している。
同じ景色だらけ。その日本を北から西へ電車で移動したとき、私は最初外国に行くかのようにワクワクした。このへんは向日葵編の青森いくやつでも書いた。もうずっと住んでいるところから飛び出せばもう外国みたいなもん。でも全然違くて、レンガの家が連なるわけでもかやぶき屋根の家ばかりでもなく、コピペだった。コピペの中にあるわずかなズレが観光地になる程度で、住みやすいイコールコピペだった。
川には橋がかかり、商店街にシャッターは降り、雨上がりのアスファルトはまだら模様になり、広い道路には車屋が並ぶ、全部どこにでもある風景だった
「見たことある景色」に安心するか、ガッカリするかはその時の私次第
・私の好きなものは、私を楽しませるために必要なものだった
これは自分で見つけたものが多い、自分で分かったものが多い
・私を救うものは、私の大事な人たちから与えられた、教えてもらったものばかりだった
景色、言葉、時間、思想 過去であれば不変的で、過去であれば自立していて、客観視しても自立しているもの
これが分かっただけでも充分といえる
山に雪がかかっているのを見ただけで泣くとは思わなかった、いろんなところに行って、干し草が丸まっているものや用水路と家と風景、
いろんな風景が見たい、美しくなくともいい、見たい
「これがあれば大丈夫」と思えるものが増えてほしい
変わらないものは安心する 存在が安心につながっているのだろうか
と、自分のノートに書いていました。(ノート引用ごまかし女)
ときめきメモリアルが面白くても、仕事がひと段落しても、ずっと自分に変化はなく、あるとしたら悪化、または現状維持、このままでいいのか、このままがいいとは思わないのに、このままが続くのか?
鬱友(鬱の友達)が、治療には時間がかかると言っていた。個人差あれど、どれだけかかるのか。もし死神が本当に存在するとして、ずっと鎌が首に充てられているようなこの毎日を、あとどれだけ続ければいいのか。はやく振り下ろしてくれと祈ることしかできない。他力本願はいけない、自分を救えるのは、いや自分を救うのか?楽にしてあげることができるのは自分か、自分を楽にさせるために何をすればいい?何から始めたらいい、自分でできること?自分でできることと言ったら一つしかない、、
感情を揺れ動かしすぎて、結局暗い所へ戻ってきてしまった。進歩がないな。何に縋るか?何も意思を持たない、そして大きいものがいい、あるいは訴えてほしい、だから私は景色が好きなのだろう。
もっと自分の好きなものについて話したりしたいのに、いつも煮凝りみたいなものしか出てこない。好きな本とか、好きな音楽の話がしたいのに、本当は…