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masatsuka
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「ユンヒへ」を見てきた。本当は「ドライブ・マイ・カー」を見る予定だったが、ネットで映画館の上映リストを見ていたら「ユンヒへ」を見る以外の選択肢を失った。


暖かい毛糸で編まれたような映画だった。きっと会場にいたみんな冷たい空気で肺がいっぱいになっていたから鼻先が赤かったと思う。冬に相応しい映画だった。郷愁さえ心地よかった。何度も泣いた、我慢すべきでないから。雪を踏みしめる二つの足音を聞きながらボロボロ泣いた。どのシーンも輪郭が柔らかかった。面白いわけでもないシーンでクスクス笑ったり独り言の多いオジサンさえ愛おしかった。映画終了後ここにいるみんなでハグしようよという気持ちで周りを見回したがみんな当たり前に帰っていった。私も帰路についた。


帰り道、田んぼを滑って吹き付けてくる冷たい風を受けながら母親のことを思った。


彼女は自己開示をしない人だった。好きな本から彼女を知ろうとしたが彼女の書斎には気が遠くなるくらいの文庫があった。数年前、大事な本以外全部捨てると言い出し、止めたが私が死んだときあなたたちがこれを処分するの!?と山ほど積まれた文庫を指さされ、黙った。残った本は藤沢周平と村上春樹だった。


母方の祖母が亡くなったとき、私はお別れの手紙を読むことになった。パソコンで文章を作っている途中、後ろから父親が私の手紙の内容にダメ出しをした。私が小学生のころお婆さんと一緒に近所の小学校の飼育小屋にいるクジャクを見に行くことが好きだった。しかし、ある日お婆さんと見に行ったら飼育小屋がカラッポになっていて二人で寂しく家に帰った、というものだった。私は寂しさが含まれていても大事な思い出に変わりはないと反論した。母親が空になった飼育小屋が今の心情とあってていい、このまま言いなさいといった。

祖母の葬式、母は仕事だった。母は誰よりも祖母の介護をしていた。何もしていなかった母のきょうだいたちが好き勝手ものを言っていた。姉が怒っていた。

私は手紙を読んだ。手紙を読み終えるころ、母親が仕事の服装のまま葬儀場に入ってきた。私は静かに手紙を読み続けた。それは祖母への別れと、母親への労いと、母にだけ伝わればいい私の悲しみが込められた手紙だった。


「ユンヒへ」には寂寥感のある景色が何度も出てきて、郷愁の想いにかられた。しかしそれは自分への故郷ではなく、自分の思い出の中にある寂しい時に寄り添ってくれる景色だ。この山の色を見たことがある、列車が遠くへ消えていく姿、灰色の川、住宅地の眠りようを、空気の色を私は懐かしく思えたから、こんなにも映画に親しみを感じられたのだろう。


今日はパンフレットを読みながらもう寝よう。明日はきっと早い。

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