受け取ったトロフィーの重みを、俺は生涯忘れることはないだろう。 大学ラグビー大会の表彰式、俺たち**大学ラグビー部は、見事優勝を勝ち取った。 客席を埋める満員の観客に見守られながら、ラグビー部キャプテンの俺はみんなを代表して表彰台に登る。 間近で見るトロフィーは、俺の想像よりも大きく、綺麗に磨かれて輝いていた。 「おめでとう。よくがんばったね」 その言葉とともに、日本代表も務めたことのあるスーツ姿の現役選手が、俺にトロフィーを差し出した。俺はそれを受け取った。 歓声と拍手。 振り返って、トロフィーを高く掲げた。チームメイトたちが、男らしい雄叫びをあげる。 俺たちチームは、祝勝会を行っていた。朝まで語り合うつもりだった。みんな普段ならありえないくらいに飲んで、食べて、べろべろに酔っ払っている。 一年ながらレギュラー入りしている将来有望な部員が、俺に訊いた。 「キャプテンは、なんでラグビー始めたんスか?」 その質問に、俺はお袋からいつも言われる話を思い出した。 お袋によれば、俺はある日急にラグビーを始めると言い出したらしい。それはちょうど、中学にあがる前、今から十年ほど前だろうか。 「あんた、急にラグビー始めるって言い出してびっくりしたんだから。それまではゲームばっかりしてる子供だったのに」 俺は、その頃のことはあまり覚えていない。 とにかく俺は、ラグビーがやりたい、の一点張りで、近場には学生向けのラグビーチームもなく母は苦労して俺を送迎したと言う。 「あんた根性なかったから、最初はすぐにやめるだろって思ってたけど、びっくりよね」 ラグビーを始めたのが俺の人生の本当の始まりだったのだという気さえしている。 ラグビーのない人生はもう想像できなかった。すでに実業団のいくつかからオファーの声をもらっている。大学卒業後の進路は、そのチームのどこかになるだろう。 「キャプテン?」 返事のない俺の顔を、一年が覗き込む。 「ああ、……いや、なんでだったかな」 思い出せない、と言うのはなんだか躊躇われて、俺は咄嗟に作り話をした。 「テレビで試合を見て、それでだよ。そう、ちょうど日本でワールドカップがあったからさ」 「そうなんですね!あれがきっかけでラグビー始めた人、めっちゃ多そうですよね」 実際には、そのときには俺はもうラグビーを始めていた。俺は食い入るようにテレビを見つめ、試合からいろいろな闘い方を吸収したのを覚えている。 俺がラグビーを始めたきっかけ――。 それは、ずっと俺も気になっていた。俺は何か、明確なきっかけがあってラグビーを始めたはずだった。 だが、それが思い出せない。ぽっかりと穴が空いたように、俺の中にそこは空白として存在している。 それを考えようとすると、そこを覗き込もうとすると、何かがストップをかけてしまう。 俺は――。 なんとなくスマホを見た。『20:59』。目の前で、数字が『21:00』に切り替わった。 ――ばちん!―― 何かのスイッチが入ったような大きな衝撃が俺を駆け抜けた。 焦燥感が俺を襲う。 行かなければと思うどこにかはわからないとにかく俺は行かなくてはそうしなければいけない。 「どうしたんスか、キャプテン」 一年が様子のおかしい俺を心配そうに見る。 「いや、……その、ちょっと、急に体調が悪くて」 「え? 大丈夫ですか?」 「ああ、少し……飲み過ぎたかもしれない」 「俺、送りますよ」 「いや、大丈夫。せっかくのパーティーだ、みんなで最後まで楽しんでくれ」 「そう、ですか」 俺はチームメイトに慌ただしく謝罪と挨拶をし、そのパーティー会場を足速に立ち去った。 季節は秋。俺は半袖のポロシャツだ。やたらと外が寒く感じる。 俺は焦っていた。とにかく行かなければいけない。 同時におかしいと思っていた。仲間との優勝パーティー以上に大事な用事などなにがあるのか。俺はどこに行こうとしているのかもわからず、俺は何かに突き動かされるように歩いている。 駅に向かい電車に乗った。降り電車は、実家に向かう方向。 実家。 自分の気持ちを理解した。そうか俺は実家に帰ろうとしているのか。両親に勝利の報告をするのだ。そう思うと自分が理解できて安心した。それは確かに大事なことだ。 『今から久しぶりに帰るよ』 そう送ろうとメッセージを入力したが、なんとなく送る気にならない。せっかくだ、サプライズで帰宅しよう。 電車を乗り継いで地元へ向かう。駅を降りて歩くと、実家が近づいてくる。 一軒家の我が家。中から光が漏れている。 俺は門に手をかけ――家に入ってはいけない、と思った。 なぜ? ――なぜ、家に入ってはいけないんだ。 背中にじっとりと汗をかくのを感じ、俺は腕に力を込めた。筋肉に血管が浮かぶほどに力を篭めても、門はびくともしない。 門の内側に、飼い犬の姿が見えた。呼びかけようとしたが、声が出ない。 「…! ……!」 ぱくぱく口を動かしていたが、やがて俺は諦めてノブから手を離した。 俺の足は公園へ向かった。子供の頃によく遊んだ公園だ。とは言っても、ほとんどベンチに座って携帯ゲームをしていた。俺はそういう子どもだったと、急に思い出す。 穴の内側が、ぼんやりだが見えた気がした。 そうだ、俺はあの公園で――何かがあって――それで、ラグビーを始めようと思ったんだ。 公園に行けば、穴の底が見えるかもしれない。 突き動かされるように俺は公園に向かった。 俺は公園にたどり着いた。 「懐かしいな」 俺はその、いつもゲームをしていたベンチに座った。ペンキは剥げて、中の木材が覗いている。遊具は古びて、錆びていた。ひさしぶりに公園に来たら、なんだか随分狭く感じる。 もう深夜と言ってもいい時間だ。公園には誰もいない。 「堤くん」 名前を急に呼ばれて、俺は振り返った。同級生でもいるのかと思ったら、そこに立っていたのはおっさんだった。冴えない風貌の、眼鏡のだらしない体のおっさん。 「あんた――誰だ」 「堤くん、学生大会優勝おめでとう」 にやにやと気味の悪い笑顔で俺に言う。 ストーカーの類だろう。 男の視線の、舐めつけるような動きでホモだとわかる。電車の中や銭湯でも、こういった視線にはよく遭遇する。 気持ち悪い。 俺はおっさんを無視して立ち上がり、その脇を通り過ぎる。 「どうしてラグビーを始めたのか知りたいんだろう?」 そう言われて、俺は振り返らざるを得なかった。 「なん――で――」 「君の考えてることはなんでもわかるんだよ」 おっさんは嬉しそうだ。嫌悪感が全身を駆け抜ける。それでも、その場を動けない。 穴。 穴の中から闇が触手を伸ばして、俺を捕まえたみたいだった。 おっさんは話す。 「僕は君の中に楔を打ち込んだんだ」 「くさ、び」 俺は眉間に皺を寄せておっさんを睨みつけていた。強く拳を握りしめた腕がぶるぶると震える。 こいつを殴ってでも黙らせたかった。続きが聞きたくなかったから。 でもできなかった。 それは学生という立場から、今後を考えて、ではなかった――俺は、本当に殴りかかりたかった。だけど、体が動かなかった。 「そう、それは今日からちょうど十年前。その日は、今日と同じ日、僕の二十歳の誕生日だった――。その日は、僕に力が与えられる日だった。僕はその力を使うことにした」 男は滔々と語った。 「公園に来たら、君が遊んでいた。つまらなそうに、一人でゲームをして。でも、その子のことを僕はすごく気に入った。気に入ったんだよ、堤くん」 にちゃあと男が不快な笑みを浮かべる。『その子』が誰かなんて、いやでもわかる。 「だから僕は、その子の人生を支配することにしたんだ。僕好みの逞しい男性になって、僕のために生きてもらう」 「なに…、言って……」 「だから僕はその子に、ラグビーを始めるように命令した。強くなってね、って言ってね」 今日持ったトロフィーのことを思い出す。 あの重み。 あの輝き。 あれは。 「ずっと、君の人生は、君のすべては君のもののように見えて、そうじゃなかったんだよ」 男はゆっくりと俺のまわりを歩いてまわる。まるで検査をするみたいに、上から下まで視線を這わせて。 「君はずっと、僕の支配下にあったんだ。君がラグビーを始めたのも、一生懸命体を鍛えているのも、すべて君の意志で行ったことじゃない。君が僕のために、僕の命令で行ったことなんだよ。素敵だろう?」 男は、俺の太ももに触れた。卑猥な手つきだった。満足そうに頷いた。 「やんちゃでゲームが好きだった君が、ラグビーのために名門校に受かるまでに努力をした。ぜんぶ、ぜんぶ僕の命令通りだ」 違う。 違う違う違う。 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う! 俺は動けない。 「君の人生のレールは僕が敷いてあげたんだよ。君はその上を歩いてきただけ。僕の力がなかったら、君は今頃全く違う人生を歩いていただろうね。ラグビーになんて目もくれないで」 「――嘘だ」 俺は、なんとか声を絞り出す。震えた情けない声だった。 「そんなのは、作り話だ。俺は、俺は」 「君は僕にメッセージを送ってくれたよ」 ――メッセージ? 「『ご命令通り大会で優勝しました』、ってね」 何を言ってるんだ? 俺はこいつにメッセージなどしていない。 「見てごらん」 男が促す。俺はスマホをつけてアプリを開く。 そんなメッセージあるはずがない俺は送ってないのだから。 『master』 見慣れない送信相手。 その相手に、俺は確かにメッセージを送信していた。 俺の手からスマホが落ちた。 「あ――あ――」 なんでだ。いつ? いつ俺は送った? 記憶がない。だけど確かに送信されている。 「『思い出してご覧』」 男が囁いた。 また、衝撃が頭の中に走った。 大会が終わった直後――俺はトイレに行って――個室に入って――そうだ俺は送った、ご主人様にメッセージを送信しなければと思って――それが嬉しくて――。 自分が笑顔だったことも、思い出す。 「ああ、あああ、あ」 足元がふらついた。俺はなんとか踏みとどまった。 「いやだ――俺は、俺はお前の――やめてくれ、俺は、俺は――」 「本当にやめたいかい? だったら抜いてあげようか、その楔を」 「え?」 おっさんの意外な言葉に俺は顔をあげる。おっさんは勝ち誇った顔だ。 「ぬ、抜いてくれ、俺を、俺は、俺の人生を」 おっさんは笑う。 「もう君に楔を打ち込んで十年も経っているんだ。もうそれは君の一部になっている。とってもとっても大切な一部だよ。それを抜いてしまったら、君は君じゃなくなってしまうよ」 何を言ってるんだ、俺は俺の人生を――俺は俺のものだ――。 おっさんが宣告する。 「だって、君はラグビーが大好きだろう?」 そうだ、確かにこの男の言う通り、俺はラグビーが大好きだった。仲間とボールを追いかける、それが大好きだった。俺はそれが何よりも俺のすべてで、でも、でもそれは俺の意志で始めたものじゃなくて――すべてがこの男の命令で――。 足元がぐらぐら揺れているみたいだった。 そうだ、この男が楔を抜いてしまえば、俺はどうなってしまうのだろう。 ラグビーを辞めるんだろうか。 俺があんなに好きなラグビーを……。でもそれも、この男の意志で……。 「苦しいね、苦しいねえ」 男は楽しそうだ。俺は泣きそうだった。 「君が楽になる解決法が、一つだけある」 男は自信満々に指を一本立てた。 俺はそれを、ぼんやり見つめる。 「すべてを諦めて、僕のものになることだよ。どうだい、とっても簡単だろう?」 指。おっさんの毛が生えた脂肪で太い白い指。 俺はつぶやいた。 「いや、だ……」 泣きそうな俺におっさんは言う。 「仕方ないね」 おっさんは俺の方にその指を向けて、ひゅっと上に振った。 それだけ。それだけで。 俺の中にあった何かが、蝋燭を吹き消すようにあっさりと消えるのがわかった。――それは俺の中にあったラガーマンとしての精神だった。 「あ、あ、……」 俺はどさりと膝をつく。膨大な喪失感が襲ってくる。俺の中のとても大事なものが消えてしまった。消えてしまった。ああ、俺は何のために体を鍛えて――あんなにボールを追いかけて――大切な仲間たちが――。 耐えられない耐えられないこれは耐えられないこれは俺じゃない俺じゃなくなってしまう。 俺は両手で体を抱きかかえながら言った。 「かえして……かえしてくれ……」 俺の目から涙が溢れた。 「俺を、返してくれ!」 「いいだろう、返してあげる」 おっさんがぼそりと呟いた。「おまけつきで、ね」 拒絶の間も無く、男が再び指を振った。 「ひぐっ……」 大きな感情が俺の中に打ち込まれて、俺は身をびくんと震わせる。 ああ、帰ってきた。俺の中の大事なもの。俺の宝物。 うっとりと酔いしれる俺に、男が言う。 「君のとぉっても大事なものを返してあげたよ。感謝しないとね」 「あ、……はい、……ありがとう、ございます」 俺の中に、あんなに嫌悪していたおっさんに対しての感謝の気持ちが芽生え始めていた。 だって、俺の大事なものを返してくれたから。 おかしい、と思う。 この男は――俺の人生を弄んで―― そして――俺にラグビーを始めさせて―― あれ? じゃあやっぱり、俺はこの男に感謝しないとなんじゃないか? 俺は混乱する。 いや、だってこいつはおかしい。人の人生を弄んで、そして俺を導いてくれた。ん? 「なに、しやがった……」 俺は歯を食いしばってそれだけ言う。 「あは、まだ抵抗できるなんて。すごいね。さすが名門ラグビー部のキャプテンさまだ。僕はさっき、君の中に新しい楔、僕への『好意』を埋め込んだ。それはまだ小さい小さい種だけど、それはどんどん君の中で育っていくよ。だって僕は君の親みたいなものなんだからね」 「ふざけるな、お前は俺の親なんかじゃ――」 「でも、今の君がいるのは僕のおかげなんだよ?」 頭がぐるぐるする。 「僕のおかげでラグビーに出会えたんだもんねえ?」 ああ、そうだ、それはその通りだ俺はこんな大事なものにこの人のおかげで出会えたんだ違う俺は俺の意志――じゃないんだ、俺はラグビーに出会ったのはこの人のおかげででも俺は俺のために体を鍛えて――それもこのお方の命令で―― 「君のご両親なんかより、よっぽど僕に感謝しなきゃ」 「感、謝」 「そうだよお」 おっさんの手が、俺の尻に伸びる。チノパンの上から、遠慮なく俺の尻を揉む。 「ん、…♡」 俺は甘い声を漏らしてしまう。なんでだ俺はこいつに触られて気持ち良くなんてないのに。 「いーい感じに『育って』きたねえ」 男の手がするすると俺の体を撫で上げて、胸――ラガーマンらしく鍛えられた胸を揉む。 「あ、ああっ」 目の前がチカチカした。なんで……俺…こんな気持ち良く……♡ 「ほら、言えるよね、『ありがとうございます』」 「ありがとう、ござい、ます」 男は両手で胸を揉み始める。 「『ラグビーを教えてくれてありがとうございます』」 「ラグビーをぉ……教えてくれて、…ありがとうございます……」 違う俺にラグビーを教えてくれたのは――コーチたち――だ――。 頭のどこかで誰かが言っている。顔も浮かんでいる。今までお世話になったコーチたち。 だけど、それが目の前の男に塗り替えられていく。ああ誰よりもラグビーの喜びを教えてくれたのはこの人なんだこの人がいなかったら俺はラグビーを知らずに生きていたんだだから俺はこの人に感謝しなくちゃいけない――! 男が両手を広げて俺を抱きしめた。 男の油臭い体臭がぷんと俺を包んだ。脂肪の柔らかな感触。 「ん、ぁッ♡」 俺はそれに全身が包まれたみたいで――それだけで、イってしまった。 「あはぁっ、イっちゃたのかい?ご主人様に抱きしめられて、そんなに嬉しかったあ?」 男が俺の頭をぽんぽんと撫でる。体臭がぷんと漂う愛しい体臭――。 男が言う通り、俺は繰り返す。 「俺の人生はご主人様のものです」 「俺のすべてはご主人様のためにあります」 「俺のことを導いてくれるのはご主人様だけです」 「ご主人様が俺に全てを与えてくださいます」 「ご主人様は俺にとって神様です」 どくっどくっと宣誓するたびに俺の股間から精液が溢れ出して、俺の中の余計なものを流していってくれる。俺はご主人様のために生きる存在へと生まれ変わる。俺は嬉しい。俺は幸せ。俺はご主人様のもの。 「うんうん、いい感じに育ってきたね」 ご主人様が言う。 「はは、ハーパンからザーメン垂れちゃってるよお」 足元を見下ろすと、ぐじゅぐじゅに色の変わったズボンと、すね毛を垂れていく大量のザーメンが見えた。 俺はぼんやりとそれを見下ろす。 「こんなところでいっぱい射精し、変態奴隷ラガーマンだね」 「変態奴隷、ラガー、マン」 「そうだよお。君は**大学ラグビー部主将の、変態奴隷ラガーマンだ」 その言葉で、 今までの俺と 今の俺が 綺麗に接続される。 俺の過去 俺のラグビーに真剣に取り組んだ過去が このお方の指令によるものだと 俺はこのお方の変態奴隷ラガーマンなのだと 整理される。 「あ、あぁぁあ……!」 「理解した?」 「はいぃ、俺、オレェ、変態で奴隷のラガーマン、ご主人様のしもべです…!」 「もうそれは、君の魂の抜けない楔だ」 「ハイッ俺はご主人様の奴隷ですッ楔を打ち込んでくださりありがとうございますッ!」 俺は気をつけをして答える。 「じゃあ、このあと僕の家に来て。いっぱい楽しもう。祝賀会だ」 「もちろんです、ご主人様…!変態奴隷ラガーマンの体を、存分にお楽しみくださいっ!」 (後編へ続く)
ジン(浜沼盡)
2024-02-01 05:33:14 +0000 UTCギニョール
2024-02-01 02:21:09 +0000 UTC