弁当を食う小嶺武史(こみねたけふみ)の、短く刈られた坊主頭のつむじを見ながら言う。 「バレンタインのチョコにさ」 「ん?」 「髪の毛とかいれるらしいよ」 武史が顔をあげた。ぽかんとした顔をしている。理解できていないみたいだ。 「え? なんで」 「なんか、そうすると相手と結ばれるんだって」 「結ばれる?」 「自分の一部を相手に吸収させるとかそういう話なんじゃない」 「へえ」 言って、武史はまた弁当の白米をかきこんだ。ポロッと言う。 「なんかそれって、ほとんど呪いじゃん」 ご馳走様。弁当を食べ終えた俺に武史は、 「じゃ、今年もよろしくお願いしますぅッ!」 と両手を突き出す。あんな話を聞いたあとでさえ、俺からチョコレートのおこぼれをもらうことに躊躇がないらしい。こいつは小嶺なんて名前だが、ガタイはかなりでかい。野球部で鍛えた体、男らしい顔。かっこいいと俺は思うのだが、ガサツな性格のせいか全然モテないらしい。 「むなしくないか、俺からもらって」 「いやあまあ、そりゃ俺だってもらえるなら自力でもらいたいよ」 武史は否定しない。 「でも、今年も机も下駄箱も、な」 さめざめ、と泣いている演技をする。白々しい。 とにかくそれでもこいつがなりふり構わないのは、「誰からももらえないんじゃ部活のやつに馬鹿にされる」とのことだ。 「いいだろお前は今年も入れ食い大漁大豊作なんだから」 俺のカバンの中からは、いくつも赤い包装紙の箱が覗いている。 言うのもなんだか、俺は今どきのイケメン顔なので、毎年チョコレートには困らない。むしろもらう量が多くて出来物ができそうで迷惑しているくらいだ。ほとんど興味のない人間からチョコなんてもらっても、それこそ何が入っているかわからないし、食べる気になんてならない。――誰かが『処理』してくれるならこれ以上ありがたいことはない。 「ああもうわかったよ」 さぞ仕方なく、という演技をしながら俺はあらかじめ用意しておいた箱を武史に渡す。 「わーサンキュ。大感謝、愛してるぜえ♡」 武史はチュッチュッと唇を突き出して喜ぶ。アホかこいつは。 武史はそのチョコをガサーっとそのまま汚れたエナメルバッグに突っ込んだ。こういうところがモテない理由だろう。 まあ、こいつにはそのままでいてほしいので、俺は黙っている。 * さて、さっき武史に渡したチョコは、もちろん俺が準備した、それはそれは素敵な『呪い』がたっぷりつまった手作りチョコだ。 俺がこの十年間近く、武史に対し抱え続けた報われない友情感情愛情、そして欲情のすべてを、どっぷりと注ぎ込んである。とろりと濃厚な味がして、あいつの脳みそをとろっとろに溶かしてくれることだろう。 * 翌日。今年のバレンタインは水曜日で、翌日も学校がある。都合が良い。 「はよーッ!」 そう言いながら、ガシッと武史は俺の後ろから肩を組んできた。 俺は内心どきどきしながら、 「お、おうおはよう」 「昨日はありがとな。おかげで恥かかずに済んだ」 そう言う武史。 「あ、そう。よかったよかった」 「なんだよそのリアクションはよお。親友のピンチを救ったんだから、もっと喜べよな」 「ああ、あは、そうだな」 武史はそんなことを言いながらもずっと肩を組んでいる。いつもより距離が近い気がする。多分気のせいじゃない。 「なあ、武史」 「ん?」 「昨日、……あのチョコ食った?」 念の為確認。 武史はさらりと言う。 「ああ、後輩と分けた」 「え」 ――後輩? 予想外の展開に俺は困惑する。後輩と分けた。あのチョコを。 ということはつまり。 そんなことを考えていると、 「あっ先輩! 昨日はチョコあざっした!」 そんなことを言いながらその『後輩』とやらがやってきた。運動部らしくビシッと武史に頭を下げる。 「かまわんかまわん」 武史はひらひら手を振っている。こいつ後輩の前だとこんなキャラなのか。 「これがその後輩?」 「おう」 武史が紹介する。岡山壮平というらしい。男らしい武史とはまた印象の違う野球部員だ。 「?」マークを顔に浮かべて、壮平は俺を見つめている、 どことなく少年っぽさ・あどけなさの残る顔立ち。悪く言えば芋っぽい。童貞なんだろうな、という感じの垢抜けなさだ。野球一筋なんだろうなあ。 ぼんやり観察していたが、俺は気づく。 この後輩も、あのチョコを食べているのだ。 ということは――。 俺は後輩の、そして武史の股間を見た。 学ランの真っ黒いズボン、そこが二人とも、しっかりもっこりしている。俺の『呪い』が無意識に効果を発揮して、『俺』の目の前にいることに興奮してるんだろう。 そうかそうか。この後輩か。 うんうん、かわいいし、こういうのも悪くないかもね。 武史、よくやったじゃん。 ホワイトデーのお返しの前借りとして受け取っておこう。 「武史、それに――壮平くん」 「なに」「なんすか?」 「部室って、……今誰も使ってないよね?」 「ああ、今日は朝練も無かったし――なんでだ?」 「俺、野球部の部室って前から見てみたかったんだよね。案内してくれない?」 無茶苦茶な俺の要求。一瞬武史は怪訝な顔をしたが――その顔が、とろんと甘くとろけた。 そして、するっと俺の頼みを受け入れる。 「あ、ああ、お前の頼みなら――」 ぼんやり立つ壮平に言う。 「壮平くんも、一緒に行こ」 「ッス! い、行きまッ、ス!」 秋田犬みたいに嬉しそうな顔で、壮平は俺と武史についてきた。