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ザ・ドッグトレーナー #22『上半身ルート1日目の夕食&報告会』(⇔15)

#22  あなたの席には彩り豊かな野菜のバスケットと焼きたてのフランスパン、そしてそのパンを浸して食べる用のビーフシチューが並べられ、その香ってくる匂いと濃厚そうなワイン色のシチューを見ただけであなたの腹の虫は大合唱を始めてしまう。  このいかにも美味そうなシチューを「いただきます」の合図と共に口の中に掻き込むと想像通りの旨味が口の中に広がり、あなたは思わず感嘆の言葉を零しながらパンをちぎってシチューの味と混ぜ込むためにそれを口に頬張って一時の幸せな気分を味わった。  あめ色になるまで炒めたであろう玉ねぎの香ばしい甘みと、角切りにされたジャガイモと人参の口触り……そして、上質な脂の乗った薄切りビーフの歯切れのよい味わい……それらの具材をデミグラスの利いた濃厚なルゥが絡んで包み込み味を均一に保っている。  一口食べただけでその様な感想が脳内に浮かんできてしまうのだから、エリナの作る食事はまさにプロの手並みであると言い切っても過言ではない。  流石……実は家庭的で料理を趣味にしているとの自称しているだけはある。今朝のあの調教を行った彼女とは別人ではないかと疑ってしまう程の腕前だ。 「っで、エリナ? あれからリサの様子はどうだった?」  あなたが食事に舌鼓を打っていると自分の皿に盛った野菜にドレッシングをかけながらソフィアがリサのその後の様子を気に掛ける質問を行った。  調教を終えてベッドに休ませた後は、エリナが食事を運んだり着替え取り換えたりと世話を行っていた為彼女の事はエリナの方が詳しい。ソフィアはそれを理解していてあなたではなくエリナにその後の様子を聞いたのだ。 「う~~ん、まぁお察しだとは思いますけど……拒否感が半端じゃないですわね♥ 私が部屋を訪れただけでベッドの隅に逃げて自分の身体を抱き込んで防御しようとするくらいですから……」 「じゃあ、今はあんたに怯えてるって考えて良いのよね?」 「そうですわね。悲しいですけど……私の顔を見るなりシーツを被って警戒するように睨んで唸り声をあげて追い返そうとするんですのよ? もう……追い込まれた獣みたいですわ♥」 「そこまで怖れを植え付けたのであれば……とりあえず、第一段階の“拒絶期”は脱したと判断して良いですよね? マスター?」  あなたはシチューを次々に口に掻き込みながらも、ソフィアの問い掛けに首を縦に振って応える。 「自分の境遇への拒絶……それが、苦痛によって上書きされたことによって次は“逃避”という段階に移行していると思われますわね……」  エリナもスプーンに掬ったシチューを上品に口の中に運び、あなたよりも小さくパンをちぎって喋り終わってからそのパンを頬張っていく。あなたはその上品な振る舞いを見て自分の所作の強引さを反省し手に持っていたパンを皿に一旦置く事とした。そして、彼女の口にした“逃避”という言葉を頭の中で反芻し、明日の展望を脳内に思い描いてみた。  奴隷になる事を拒否する人間は、まずその自分が置かれた境遇に苦痛を感じどんな事に対しても拒絶的な態度をとる。それが最初の拒絶期と呼ばれる段階だったのだが、この拒絶期は度を越えた苦痛と本当に自分に自由が無いという現実を見せつけてやることで簡単に次の段階へと移り変わるものだ……  拒絶期の次に訪れる段階……それが“逃避期”と呼ばれる、苦痛からあらゆる手段を使って逃れようと考える時期。  嫌がっても状況が打開できないと悟った奴隷は、もっと現実的に効果のある状況の改善策を探ろうとしてくる。何か条件を付けて交渉しこの境遇を改善しようとしたり、もっと声を荒げて暴れ回って抵抗しようとしたり……人によって様々な反応が現れるが、リサも彼女なりの逃避行動を今後取ってくるだろう。それが強く現れるのが明日の調教……ソフィアに交代する明日の調教が恐らく山となるだろう。  実際は、調教本番よりもその前の……拘束の段階の方が手を焼く事になりそうだが、そこは手際の良いソフィアを起用した事で時間はさほどかからないと睨んでいる。  初日に暴力的に振舞わせたのも、この二日目の準備をスムーズにするための布石でもあった。ソフィアに逆らえば簡単に手を出してくる……という擦り込みを行う事で、リサに派手な拒絶を行わせないよう配慮したのだ。  それがうまく機能してくれれば……明日は少し楽にはなる筈なのだが…… 「明日は……手を上げずに済めばいいのですけど……」  自分の手のひらを摩りながら、ソフィアは少し暗い表情を作ってその様にボソリと呟く。  あなたはそんなソフィアに『言う事を聞かなければ遠慮せずに手を出さなければならないよ』と、少し厳しめの言葉を彼女にかけてあげた。 「ですよね? 明日の調教が上手く行かないと……また拒絶期に逆戻りしてしまう可能性があるのですから……最初が肝心であるのは教えて下さった通りだと……理解はしています」  冷たそうな容姿が災いしてか、性格まで冷たいと思われがちなソフィアだが……彼女の心はとても繊細で、調教師としての冷酷さは本来なら持ち合わせていない。本当の彼女は思慮深く優しい性格の持ち主なのだが、一旦“役”になり切れば自分の本来の性格を忘れ去るかのように別人になり冷酷にもなれてしまう。  エリナが快楽に忠実な本能型の調教師だとするなら、ソファアは役になり切れる女優型の調教師と表現すべきだろう。  だから、現場から離れた素の状態の彼女は、そこら辺に居るちょっとツンとした普通の女の子と変わらない一般の女子なのだ。しっかりしていて冷たく映るが、彼女も不安は持っているし感情的にもなる。  それが彼女の個性でありあなたが可愛らしいと思っている箇所でもあるのだが……  ソフィアはそんな自分の性格をあまり好ましく思っていない様子。役に浸っている時は意識しなくて済むが、一旦意識が現実に戻ってしまうと自分で自分の行った調教に引いてしまって嫌悪感を抱いてしまうのだという。  ある意味人間らしい性格であり、普通の感覚で言うならソフィアの方が人間的に正しいと考えるべきなのだが……ソフィアは真面目であるついでに頭も非常に固い。これはこうでなくては駄目だ! と一度思い込んでしまえば中々その思考から抜け出せず、休みの時間の殆どを悩む時間に当ててしまう程難儀な性格を持ってしまっている。  そんな彼女が自分の性格では調教師は向いていないのでは? と考え出したのだから、それを軌道修正するのに年単位の時間がかかった事は言うまでもない。  あなたは、ソフィアにこそ調教師としての成長を期待している。それは今も前も変わらない。その言葉を伝えて安心させてはいるけれど……ソフィアはまだ自分に自信が持てないのか、時折心ここにあらずの溜息をついていたりもしている。  今回の調教でそういう部分も自分自身で乗り越えて成長をして貰いたいと思っているのだが…… 「マスターには黙っていた事ですが……初日に平手打ちした時の手の感触……実はまだリアルに思い出せるんです」  人の痛みに敏感であるが故に、誰かに与えた痛みは自分の痛みの様に感じている。それがソフィアの心を抉っているのであれば……今回の調教で今一度歩むべき道の見直しをしようとは思っている。  彼女は嫌だというかもしれないが……無理に苦しみながら調教師の道を歩むべきではない。彼女には彼女に適した道を考えてあげるべきなのだ……と、そこまで考えている。  短く限られた時間……  失敗すれば罰を受けるというプレッシャー……  今までにないこの調教で、大きく成長を遂げるか……はたまた自分の頑固な想いに潰され自分を見失ってしまうか……  かなりの賭けだとは思うが、ソフィアにとっては調教師を目指す上での最大の分岐点になる調教となるだろう。  あなたは彼女がどう転ぼうと、彼女に道を示してあげなければならない。それが彼女達の主人でありマスターという立場であるあなたの役目なのだから。 「……マスター?」  あなたは、不安げに手を摩る仕草を見せているソフィアの頭に軽く手を載せてその頭を撫でてあげた。  手のひらには彼女の硬い髪の質感と、頭の丸い触感が同時に伝えられる。  あなたは彼女の頭を撫でながら「大丈夫、考えることはせず……成り行きに任せて調教してやればいい」と言葉を授け、にこやかな笑みを浮かべて彼女に笑いかけてあげた。  ソフィアは小さく「……はい」と返事を返し、あなたの頭撫でに気持ちよさそうに目を閉じて甘える子犬の様に頭を寄せて『もっと撫でて』という無言のアピールをし続けた。 「お・ね・え・様? ズルいですわよぉ! マスターのナデナデはわたくしも授かりたいと思ってましたのにっ!」  あなたの所作を見ていたエリナは彼女らしく頬を膨らまし、あなたとソフィアの間に割り込むように膝をついて座り込んであなたに自分の頭を突き付けて、これも撫でるようにと無言の圧を掛けて来る。 「もう! エリナは黙って食事でもしてなさいよ! 今は私がマスターの愛を頂いている最中だったのですよ? 邪魔しないでくれる?」 「ず~~る~~い! わたくしも今日頑張りましたぁ! だから撫でて下さい~! わたくしもヨシヨシしてくださいぃ~~!」  なんだかんだ言って、この二人は良いコンビである。  恐らくエリナも……ソフィアの身を案じてこのように茶化した行動に出たのだろう。お陰で、あの塞ぎ込みそうになっていたソフィアもすっかりいつもの調子に戻っている。  彼女を明るくさせるには、どんな言葉を尽くすよりもエリナに絡んでもらった方がよっぽど効果がある。それは生まれが違っていたとはいえ長年連れ添って過ごした彼女達の関係値が言葉の説得力をも上回っていると言える。  ほんわかして見せているが実は姉思いで察する能力がぴか一に鋭いエリナと、自分に厳しく真面目であるが故技術の習得は並外れているが心はガラスのように繊細で常に張り詰めた印象を与えるソフィア……  二人は二人でいるからこそお互いを支え合う事が出来ている。しかし、それは依存しあっているという考え方ではない。  個々になったからといって力が半分半分になるという事でも無く、二人が協力し合えば倍以上の力が出せる……と、あなたの中での評価はその様にまとめてある。  個々が成長を果たしつつ、合わされば何倍にも何十倍にも調教に良い効果をもたらす……そういう成長をしてくれるのであれば、あなたにとっては願ったり叶ったりなのだ。  あなたは二人の頭を交互に撫でつつ、明日の調教の注意点をいくつかソフィアに柔らかく伝えてあげた。  一つは、絶対にリサの言葉に耳を貸さない事。  もう一つは、言う事を聞かなかった場合は力づくで言う事を聞かせる事。  この二点だけは絶対に曲げないようにと……あなたはソフィアに優しく厳命を下した。  明日……リサは必ず抵抗してくる。  その抵抗に少しでも情を見せれば、彼女を次の『絶望期』に運ぶ事が出来なくなってしまう。  だから、明日は徹底的に冷徹に振舞わなければならないのだ。  明日の苦痛が絶望に変わらないと……調教は振り出しに戻ってしまう。そうなれば間違いなくタイムオーバーを迎える事になる。  ソフィアには酷だとは思うが、この二点はどうしても徹底して貰わないといけない。  逆に、明日を乗り越えられれば……今後の調教は想定以上にスムーズに進んでくれる筈なのだ。  明日が正念場……  ソフィアもそれは理解している。  だから、彼女はあなたに心配をかけまいと……ニコリと笑みを返してくれている。  内心の不安を感じさせないよう……精一杯の笑顔で……。  →#24へ


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