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②【悲報】名家生まれの格好いい系武道家⁠ポニテ女子ちゃん、マゾ拗らせすぎてクラスメイトのデブ童貞くんと両想いになってしまう《12000文字》

 すっかり人気のなくなった校舎を足早に歩く。ばたばたと足音を立てて廊下を急ぐなど、平時であれば絶対にしないが、いかんせんもう予鈴が鳴ってしまっている。次の授業は二年生全員が参加する選択科目のオリエンテーリングであり、他の生徒は教師陣も含めて体育館に集合しているだろう。17年間の人生で初めて授業に遅刻することへの焦り、そして、若干の腹立たしさに私は急かされていた。  昇降口に連なる階段を一階まで駆け下り、教室の前まで戻ってきたところで、違和感にふと足が止まった。誰もいないはずの室内から何やら声がする。話し声というわけではない。たとえるならオンライン対戦ゲーム中に思ったことが全て口から出ているような、感情の昂りがそのまま独り言になっている感じ。訝しみながらドアの窓からそっと様子を伺うと、今は授業時間中にもかかわらず一人の男子生徒の姿があった。とある机の傍らに立ったまま、何やら激しい動きをしている。机の上に広げられているものは、体操服、シトラス柄の制汗剤スプレー、着替えを入れるショップバッグはなぜか見覚えがあり——と、そこでようやくあれが私の席であることに思い至った。言うまでもなく、彼が物色しているのは私の第二鞄の中身である。何をしているのかは背中に隠れて判別できないが、その後ろ姿には背徳感や性的興奮が充溢しているのが見て取れる。 (あれは……クラスメイトの太山くんか……? 彼は、いったいなに、を…………っ!? えっ……そんなまさかっ……!)  直感した通りのことを彼がしているのであれば、現場に踏み込んでゆくのは躊躇われた。教室の後ろ側にもドアがある。あちらからなら彼の手元が確認できるだろう。足音を立てないように移動しているあいだも、彼の独り言は壁を越えてうっすらと聞こえてくる。  そして、後ろ側のドアから改めてその様子を確認した私の予感は確信に変わった――。 「んふーーッ! んふーーッ! 桑原さんっ♡ 桑原さんのスポブラでっけッ♡ う゛ッ♡くっせっ♡汗臭いッ♡ 汗臭さと柔軟剤と制汗剤の匂いがっ、すぅぅぅ~~っっ……!! あ゛ぁぁ~~ッッ!!♡ チンポに効くッ、チンポに効っくぅッ……!! お゛ぉ~~っ、すっげぇッ♡」 (お、オナニーしているじゃないかっ……!♡♡)  彼が夢中になっているのはやはり、私が今日の体育で着用していたスポーツブラだった。色味的にもデザイン的にも全く色っぽさがないそのランニングウェアのようなバストポケットに顔面を埋め、鼻息を荒くしている。その興奮っぷりは手の動きにも表れており、ブラとセットのスポーツ用ショーツを巻きつけた下半身の膨らみを素早く往復させている。ショーツが吸収した私の汗を搾り出して潤滑液にしようとしているかのような激しさだ。 「やっべ、やべ、やっべッ♡ デカブラ吸引しながら汗染みパ⁠ンツでチンポ扱くのきもちよすぎっ♡ クロッチにカウパー塗りたくるッ♡ こっそり精液染み込ませてッ、桑原さんのっ……ぁ、和葵のおまんこに精液届かせるッ♡ 童貞のしつこいザーメン舐めんなッ♡ 洗濯したくらいじゃ落ちねーぞっ♡ ハァッハァッ、和葵っ♡ 和葵っ♡ あおいッッ♡♡」  (——っ♡)  断っておくと、私と太山くんは親しい間柄ではない。というか、女友達以外で私のことを下の名前で呼ぶ男子はひとりもいやしない。道場の門下生も、学校の男子たちも、彼らはみな互いが互いを監視して注意を促し合うかのように私が桑原の娘であることを噂している。⁠だからこそ、名前を呼び捨てにされながらの罵声、生まれて初めて性欲に憑りつかれた男子の姿を目の当たりにする衝撃、長らく思い描き続けてきた私の頭の中身がそのまま現実に転写されたかのようなシチュエーションは私の心臓をあっという間に鷲掴みにした。 (フシュフシュ息を荒げて、手を激しく動かして、それに随分気が立っているみたいだな……。私が知っている、イジられキャラの太山くんとはえらい違いだ……。男子の性欲は、あそこまで人を攻撃的にさせてしまうものなのか……? っ……す、すごいな……♡)  彼の行いが糾弾されるべき犯罪だと理解はしている。しかし、怒りだとか悔しさが芽生える余地が今の私にはない。頭の中で自分が普段している自慰行為と目の前の彼の姿がしきりに比べられ、その雲泥の差に終始圧倒されているからである。深夜の自室でできるだけ物音を立てずにこそこそと勤しむ私のオナニーは、周囲の目から隠匿すべきやましい行為そのものだ。対して、昼間の教室で声を荒げながらの彼のオナニーは、犯罪行為の後ろめたさを感じさせないほどにまったく堂々としている。⁠着替え袋ごと抜き去ってトイレの個室に籠るなどという私が思いつくような姑息な安全策など初めから考えにないようで、一刻も早く快楽を貪りたい気持ちに従っている。咄嗟に身なりを正せるよう、小便を足すためのチャックからペニスを取り出す用意なんてことも当然しておらず、ズボンと下着をずり下げた状態でいるのは、おそらくいかに気持ちよく快楽を貪れるかにのみ焦点が合っているからだろう。お尻を丸出しにしながら女の残滓たる下着に劣情をぶつけているなど、ともすれば間抜けと揶揄されるのかもしれないが、「俺は絶対にいつか女を犯してやるぞ」と世界に向けて大声で名乗りをあげているようで、私にはとても勇ましく思えた。 (どんどん手の動きが早くなっているっ……♡ まさか、射精っ……!? あのまま射精するつもりなのかっ……!? ちょっとまて、キミが興奮を催しているそれは、ただのスポーツ用のインナーだぞっ……? アンスコやペチコートのような、見られたところで大して恥ずかしくもない類の下着なんだぞっ……!? それを着けている女の正体はっ、本当はキミよりずっと情けなくて恥まみれのオナニーをしているヘンタイなんだぞっ……!? あぁっ、だめだっ……♡ やめろっ、太山くんっ……♡ キミはその蛮勇なる性欲によって、桑原の名前に畏敬を抱く同調圧力からひとり脱却した、類い稀なオスなんだろうっ……!?♡ それなのにっ……あぁ、まて、まつんだっ……♡ くそッ、見えないっ……♡ 彼がお精子を搾り出す、いちばん格好いいところが……あ、ぁっ、ぁ……♡) 「う゛ぉ゛ぉ゛ぉ~~ッッ……♡♡ 和葵っ♡ 和葵のおパンツっ♡ 和葵のぷりっぷりデカケツに食い込んでたパンツッ♡ 孕めっ!おパンツ孕めっ! 孕めっ、孕めっ、孕めッ――!」  ガラガラ————ッ!! 「えぁッ!?」  ラストスパートをかける激しい動きを遮って、私はおもいきり引き戸を開け放った。⁠素っ頓狂な声をあげて振り返る太山くん。その身じろぎで半脱ぎだったズボンが足元に落下し、静まり返った教室にベルトの金具が床を打つ音が響き渡る。 「っ……ぁ、く、桑原さんっ……!?」  教室の出入り口に立つ私を見て、太山くんの表情からサァッっと血の気が引いてゆく。どんな言い訳をしてもこの状況を切り抜けることはできないと一瞬で悟った顔だった。そんな表情の変化を見て、私もまた小さく息を呑んだ。女を犯す臨戦態勢の男の子と相対する緊張感の中にありながら、オナニー中の彼が纏っていた威厳とも呼ぶべきオーラを私の自己都合で霧散させてしまったことに対する、後ろめたさのようなものが胸を締め付ける。言わずもがな、自分が⁠被害者であるという意識は始めから存在していない。 「っ……その、これ、は……」 ⁠「動くな。待て。動くんじゃない」 「えっ……ぁっ……」  まずは何を差し置いても懸念を取り除いておかなければ、話をすることすらままならない。そう考えた私は、彼の下へずけずけと歩み寄ってゆく。そして、すぐ目の前にまできたところで、「……動くんじゃないぞ」と念を押して、下半身の膨らみを握る右手を綻ばせていった。⁠男子の射精はどうだか知らないが、女子は——というか、少なくとも私の身体は快楽が累積されていって、閾値にまで達すると些細な刺激でもオーガズムに至ってしまう。握りっぱなしの手に力が込められ過ぎてふいに精液を漏らしてしまう事態は絶対に避けねばならないと思っての行動だった。 「く、桑原さんっ……!?」 「いいから」  さらにもう少しだけ踏み込んだ本音を話すと、だ。自棄っぱちになった彼が、のこのこ近づいてきた絶好の獲物に乱暴をはたらく展開をひそかに期待してないでもなかったことはここで告白しておく。ちなみにペニスにかぶせられたショーツはどうしようか迷ったものの、生のペニスをこの至近距離で突き付けられたら、それこそ話どころではなくなってしまうので、ひとまずはかぶせたままとした。上向きに反り返ったシルエットが私のショーツの衣紋掛けになっている姿は場違いにもちょっぴり可愛いらしかった。 「ふぅ……さて、と。太山くん。では、ひとつ確認なのだけれど」 「は、えっ…………ぁ……え、と……なん、でしょうか……?」 「キミは……下着を孕ませる趣味があるのか?」 「あっ、ちがっ……!! くは、ない、ですけどっ……その言葉の綾といいますか……」 「では、誤解のないように訂正してくれないか?」  さっきの威勢の良さはどこへやら、教室で見慣れたおどおどした話しぶりに戻った太山くんに対して、私はむっとした気持ちになった。尊大な態度で活きのいい罵倒を吐き散らすあの姿を見てしまっただけに、委縮した態度にはどうにも歯痒さを感じてならない。ただそうは言っても急かしてしまうのはなんだか憚られて、⁠どうしたものかとあれこれ考えているうちに彼は重々しく口を開いた。 ⁠「……く……桑原さんの妄想、してましたっ……」 ⁠「そ、うか。詳細を聞いても?」 「えっ……」 「ああ、詰ろうというわけではなくて。事情聴取、みたいなものだ。正直に答えてくれるなら、この件は不問にしよう」 「なん、で……?」 「もし、私以外の女子生徒の着替えを漁っていたなら、流石にこんな形式での事情聴取では手打ちにできなかったがね。当事者がいいなら問題はあるまい。女子が月のものに悩まされるように、男子は性欲がそれにあたるんだろう? 理解は示すとも。ただせめて私と同じように、恥ずかしい思いぐらいはしてもらわないと。そういう解決の仕方ではイヤかな?」 「い、いやじゃなっ、ありがとうございますっ……!」 「ん。では、とびきり人に話しづらい内容を頼むぞ?」  私は興奮を表に出さないようにしながら、尤もらしい屁理屈をこね回し、事情の分かる女のフリを装った。正直に言うと、この千載一遇の奇縁を終わらせてしまうのは惜しかった。なにしろ、ようやく見つけた世界をこじ開けてくれる足がかりである。  私たちが通う私立金雀枝(えにしだ)学園は全国から受験者が集まる、小中高一貫の進学校だ。親が大企業の重役という何不自由ない家柄の生徒も指折り数える程度にはいるものの、モデルケース通りの家庭出身者も多く、逆に生活に困窮していてアルバイト三昧といった典型的な苦学生は存在しない。伝統と品格を重んじる校風は在校生に脈々と受け継がれており、校内は高い規範意識によって統制され、学び舎に相応しい清廉さが満ちている。生徒たちが安心してやりたいことに打ち込めるよう整備された、まさに理想的な環境だ。  そして、⁠私の場合、その安全安心な空気は学内のみにとどまらない。学校から家までは、飛島の中心的な駅から放射状に伸びたアーケードのメインストリートを通り抜けてゆくだけ。商店街を抜けた先は一帯が桑原が登記する土地になる。言わずもがな、治安の良さは折り紙付きである。昨年の春まで足繁く通い詰めていた古武道場も近くに居を構えている。つまり、私が暮らす世界には“危なげ”という概念そのものが存在しないままに閉じている。もちろん生命を脅かされる環境を望んでいるわけではないけれど、人が目にしたくないものを徹底的に排された私の視界は安全で、綺麗で、道徳的で——とてもつまらないものだった。私がオナニーに没頭しているのは綺麗と健全に塗り固められた世界へのささやかな反抗だったのかもしれない。⁠だが、そこへ風穴を開けてくれる本物の性欲を今やっと見つけだしたのだ。 「マジで、不快な思いにさせちゃうと、思います、けど……」 「私が勧めたんだ。構わないとも」 「じゃあ、その、俺……風俗プレイ、とか好きで……」 「っ、ほう……?♡」  上擦った声にならずに、相槌を打てたのは奇跡だった。悪寒めいた興奮が背筋を走り抜ける。 「く、桑原さんを、お、俺専用の……」 「キミ専用の……なにかな?」 「風俗嬢に、する、妄想とかっ……♡」 「そう、かっ……。風俗、嬢……風俗嬢か……♡ ……それで?」 「え゛」  虚を突かれた様子で固まってしまう太山くん。まさか詳しい内容を深堀されるとは思っていなかったと言いたげな顔だが、瞳の奥にはぎらついた性欲が見える。ひとたび風雨にさらされればかき消されてしまいそうな火種だ。それを優しく包み、酸素を送りこんで立派な火柱へ育て上げる責任が女にはある。私はそう直感した。 「表面的な知識しかなくてね。それで、キミお付きの……風俗嬢、になった私はどんなことをさせられてしまうんだ……?」 「ふっ、ふーっ、ふーーっ……♡ ……ぇ、エロいこと、色々っす……」 「こら。色々じゃわからないだろう」 「っ……桑原さんって、すげースタイルいいっすよね。スポーツ選手って感じがする引き締まった身体……それなのに、むちむち感もあって、めっっちゃくちゃエロい……♡」 「な、なんだ、いきなり……♡」  太山くんの視線はじっと私の胸元に注がれている。カッターシャツを内側からぱつぱつに膨らませているバスト。同年代と比べて抜きんでた大きさであると自覚はしている。ただし時たま盗み見る視線を感じることはあっても、こうして真正面から劣情を浴びせられるのは初めてだ。その視線に「俺はお前を繁殖対象として見ているぞ」という本音を感じる。  それまで私の顔色を伺うかのように話していた太山くんの話しぶりが、だんだんと饒舌になってゆく。私がそうであるように、彼も同級生の女子に劣情をぶつけることに興奮を覚えているようだった。 「女子の体型維持って大変なんすよね? なのにそんだけ自分に厳しくできるなんて、マジですげーっす。……まぁ、だから、余計にエロい格好でご奉仕させるのが、興奮するっていうか……そんなかっこいいひとに頭の悪いカッコさせて、俺がきもちよく射精するためだけの、可愛くてエロい言いなり女にするって、すっげぇ優越感満たされるっていうか……♡」 「へぇ……♡ そ、そう、なのか……♡ ちなみに、頭の悪い格好とは、どんなだ……?」 「はぁっ、はぁっ♡ エナメルのっ、エナメルのエロ下着とか、着せてますっ……。黒とか赤とか、そういういかにもボンテージっぽい原色はかっこよくて似合っちゃうと思うんで……ショッキングピンクの、スケベビキニっすね……! ロンググローブと、ニーソと、ブーツも、全身真っピンクのてかてかコスチュームで揃えて……それで、⁠猫耳カチューシャに……首輪……♡」 「っ♡」  かつてこんなに胸が高鳴ったことはあっただろうか。太山くんが語る妄想の話は、まるで自分が劇場の舞台へと引き上げられ、かねてからの憧れだった役を演じているかのような、夢見心地な気分をもたらした。しかも、それは私だけの独りよがりな公演ではなくて、たったひとりの観客にして座長も務める彼が私の本質を知らないで描き下ろしてくれた台本だ。なんという僥倖、なんという運命だろう⁠。 「桑原さん……? あ、ぇ、調子乗ってすみませ——「……ぃど……も」――え?」 「リードも……つけられてしまう、のか……?」 「つ、つけますっ! 手の甲にぐるぐる巻きにしてっ、ぜってぇ逃がさないっすッ……!!」  それとなく仄めかすだったはずが、私の心はばっちり伝わってしまったらしい。オナニーの時に見た豪胆さを漲らせて、太山くんが叫ぶ。それに呼応して、視界の下の方でショーツをかぶせられたままの膨らみがビクビクと反応した。彼自身の考えとオスの本能が息を合わせて「桑原和葵を俺のモノにしたい」と主張しているようだった。 「ぐるぐる巻きにして、か……。短く持つことで、私を立ち上がらせない気なのだな……?」 「やばっ……! それ、めっちゃいいっすね……♡ 俺の足元で四つん這いになる桑原さんっ……♡ でっけぇケツぷりぷりふって犬歩きするとこ、後ろから見てぇっ……♡」 「こ、こらっ、女子に向かって、そんな……言い方、はっ……♡」 「……だめ、っすか……?」 「だ、だめ、だろう。常識的に、考えてっ…………では、なく……聞き方が、ちがう……♡」 「聞き方……? ……………あっ。イヤ、でした?」 「恥ずかしくは、ある、が…………イヤでは……ない、かも、な……♡」 「うわ……桑原さんって、こんな、かわいい人だったんすね……♡」 「っ、滅多なことを言うなっ……! 私なんかが、か、かわいい、わけ、ないだろうっ……♡」 「いや確かに桑原さんは美人系だけど……って、そうじゃなくってっ……! 男の可愛いは、女の可愛いとは意味が違うんですよっ! 男の『可愛い』は媚びてくる生き物に使うんですっ! 格付けが完了した相手を下に見て、優越感を噛みしめる言葉でもあるんですっ! だから、俺は頭ん中で桑原さんを可愛い女扱いして興奮してるんすよっ……!!」 「っ……♡ ……こんな、つり目で、強面で、つまらない女をか……?♡」 「普段はキリッとしててかっこいい人がエロエロになるヤツ、マジで大好物ですっ。だからホントキモすぎるんすけど、俺もうずっと頭の中で桑原さんにそういうことしててっ……。エロいことはもちろん、ふつーに桑原さんの頭撫でてぇなぁとか、ほっぺむにむにしてぇとか、あとは……その髪の毛も、すげー綺麗で、つやつやで……ぁ、いや、全部妄想だけど……」 「…………さ、触って、みるか?」 「えっ……いいんすか?」  ぎこちなく首を傾けて、束ねた髪の束を前に持ってくる。顔の両側に垂らした小さなこめかみの髪ではなく、女の命とも呼ばれる髪の本流をしっかりと掴み、その触り心地を堪能してほしい。そんな想いから私はポニーテールを差し出していた。 「うわ、さらっさらっ……♡ 指にぜんぜん引っ掛からねぇ……♡ すっげぇ……♡ これ、なんかこだわったり、してるんですか?」 「ぅ……ぁ……♡ とくに、なにもっ……♡」 「へぇー……てか、手触り知っちゃうと、やばいっす、これ……。かきあげるたびに、いい匂いするし。あの、桑原さんってスポーツする人……なんすよね……? ポニテって潔くてさばさばしてる人の髪型だなって印象だったのに……なんつーか、指のあいだにすげぇ女の子を感じます……えっろ……♡」  男の子のごつごつした指が差し込まれ、髪の束をすーっと掻き分けてゆく。戯れにくるくると巻き取られたり、わしゃわしゃと揉まれたりするたび、頭に微細な振動が伝わってたまらなく心地いい。頭部より生い茂った、天然の手綱。それをくいくい引っ張られ、彼の所有物にされてしまったんだという幸せな錯覚を植え付けられている感じがした。  気づけば、私はうっとりとした上目遣いで太山くんを見つめていた。さっきまでは男子が抱く性欲への興味からその表情を観察したいと思っていたのに、今は視線が交差するだけではにかみそうになる。それでも視線を外せない。感情とリンクした記憶機能が、初めて髪に触れてくれた男の人の顔を脳裏に焼き付けようとしているらしかった。 「あー……やべー……♡」 「……ぁ……♡」  少し汗ばんだ地肌を撫でられても動じないでいると、頭からゆっくり下ってきた手が顔を包み込んだ。それを私は振り払わない。学友たちがせっかく美人なんだからとしきりに勧めてくるメイクを断り続け、けれども髪と肌をやわらかく麗しく保つためのケアだけは欠かさないようにした甲斐があった。こんなふうに生肌を愛でられ、「やわらけぇ……」「すっげ、手に吸い付く……」といった感嘆してもらえるのだから。  ぎこちない手で頬をたぷたぷ揺すられて、弾力を確かめるように撫でまわさる。それだけでも異様な気持ちよさがあるのに、指先が首筋に届いているせいで、オナニーの時の条件反射が呼び起こされてゾクゾクする。おかげで⁠⁠女の顔面の触り心地を愉しむ手つきに対し、撫でられている私もこれっぽちも嫌な気持ちにならなかった。 「んだよそのツラ、かわいすぎんでしょーが……」 「……かわいく、ない……♡」 「はぁ? じゃあ、俺の手に頬ずりしてみてください」 「えっ……♡」  「いいから」  少しだけ躊躇って、添えられるだけになった大きな手に頬をすりすりと擦りつけた。頬ずりとはいかにも原始的なスキンシップだ。手や足や言語といった人間が持つ意思疎通の手段の一切を用いず、四足歩行する動物のように首から上だけを動かす。人間らしさを取り上げられたうえで媚びる私と、そんな私から愛情表現という貢ぎ物を受け取る太山くん。  こういう場面で用いられる表現はさっき教わったばかりだ——。 「桑原さん、“可愛い”っす」 「ぁ……ぅ……♡」  他人からの賞賛など、もう数えきれないほど浴びてきた。可愛いと持て囃されたことがないわけでもない。だが、その中には決まって敬意や憧憬、羨望といった感情が含まれていた。桑原和葵を演じる私の形をさらに外側から押し固めるような言葉の数々は、求められる人物像にそぐわない本質を抑圧する力が込められていて、桑原の家に生を受けた者の責務と割り切っていても、慢性的な息苦しさが付きまとっていた。  けれど、太山くんの“可愛い”は息が吸える。いくら由緒正しい血筋や立派な家柄の出でも、学業の成績や運動能力が優れていても、異性からの競争率が高かったとしても関係ない。頬ずりしただけの媚びつきっぷりで私の本質を見抜き、見上げるに値しない女だと判じてくれた。⁠マゾメスの素養を他のどんな判断材料よりも重視してくれた。  頬を撫でる手のひらから、 『よしよし、お利口さんだな。マゾ女』『これでお前は俺のもんだ』『二度と逆らえねーようにたっぷり躾けてやる』といった幻聴が脳内に反響する。⁠誰かに言ってもらいたかった台詞の数々、それらをずっと囁き続けてくれていた妄想の中の暴漢のシルエットが今、その輪郭を鮮明にしてゆく。 (——この人が、太山くんが、そうだったんだっ……♡ やっと見つけた。私をちゃんと格下扱いしてくれる人……♡) 「マジで“可愛い”っす」 「っ……♡」 「なんか言ってください」 「なんかって……なん、だ……っ♡」 「俺からの“可愛い”、受け取ってほしいです」 「わ、わかったっ……わかった、から……♡」 「“可愛い”」 「っ……♡ あり、が、と……う……♡」 「はぁ~~……可愛いすぎるだろ、マジで。ペットショップにいたら即決でしたよ」 「キミっ、そういうことはっ……♡」 「……ライン越えでした? 本当にそうなら、もう絶対言わないっすけど……」 「ちが……その……キミは…………か、飼いたいのか……?」 「俺、言いましたよね。調教モノが好きだって」 「そ、うか……。……なら、その……ここに一匹、活きのいいメスがいるんだが……躾けて、みるか……? ——ぁっ♡♡」  返答は抱擁だった。太い腕が伸びてきて、私の背中を抱き寄せる。脂肪が蓄えられた彼のぽっこりお腹と、胸が前にせり出しているぶん相対的に細ましい私のお腹とがくっついた。お互いの身体の凸凹が噛み合うその絶妙な密着感に私は運命を感じずにはいられない。  おずおずと抱き返し、汗で背に張り付くカッターシャツをぎゅっと掴む。すると太山くんもまた私の背中をまさぐるように撫で始めた。さっきまでおちんちんをゴシゴシ扱いていた手には、彼の性欲がたっぷり宿っている。性欲を込めて身体を撫でる手つきは、いったいどこに愛撫との違いがあるのだろうか。   「ん……むちゅっ……♡」  鼻息の荒い彼を見つめる瞳をそっと閉じ、おずおずと顎を傾ける。たったそれだけで私のファーストキスは呆気なく⁠奪われた。がさがさとした感触が押し付けられ、とてつもなく熱い舌先が唇を割って口内に侵入してくる。他の皆が授業を受けている時間に教室で男子と唇を重ねるなど、幼少期から言い聞かされてきた正道に悖る背信行為だ。しかし、その厳しさは家を存続させてゆくためにあるのだから、婿殿になるかもしれない殿方との時間は規範意識よりも優越される。夢にまで見た理想のシチュエーションを与えられた私は、この時間を一分一秒でも引き伸ばす口実として、本気でそんなことを考えるようになっていた。 「ん……ん、むっ……♡ んむ、むぅっ……♡ んむぅぅ……♡ んっ……♡ んぁ……ちゅぅ……♡ ぁ、むっ……っちゅぅ……♡ ぅっ……んふ……♡ ぉ……む♡⁠」  口腔粘膜が外側にまろび出た唇という部位は、人間の体の中でも随一に赤々しく潤っている。接吻は生殖行為に含まれないはずなのに、それでも惹かれてしまうのはきっと、内側に抱えている生々しい生命力をそこに感じ取るからなのだろう。つまるところ、唇とはその生き物が秘めている繁殖力の高さをついうっかり周知してしまう部位なのだ。私はいつも制服のボタンはいちばん上まで留めているし、スカートも折り曲げずに膝下丈を守っている。でも、いくらそうやって校則どおりの服装で男好きする身体を隠しても、性的魅力をステマする部位がよりにもよって顔面についているのだから、メスは生きているだけでオスに狩られる理由を無自覚に振りまき続けていることになる。私はその真実に気づいていた。だからこそ、法律や規範や桑原を敬う同調圧力といったものに恐れをなして、一向に性欲を向けてこない男子たちに苛立ちのようなものを抱えていたのだ。  とはいえ、いつか桑原家の家督を継いでくれるに相応しい人と出会い、お互いを敬う心を発展させて愛情を育んだ末に迎えるキスを夢見なかったわけじゃない。ただ憧れを叶えてくれる存在よりも、憧れをこんなふうに踏み躙られる興奮の方が強烈だっただけ。私の頭の中に棲みついていた王子様の理想像は間違いなく後者だった。 「ん……ちゅ……れぇ……♡ ぁむ……んぁ……♡ ……ぁ……ぁぇ、ぁぅ……♡」  唇を押し付けてくる動きに合わせて、こちらもぶちゅキスで応じる。唇をはむはむとついばまれた時には、やりやすいように上唇と下唇を合わせて伸ばす。ねっとり濃厚な口淫を望んでいる気配がしたら、唾液が垂れるのをいとわず大きく口を開いて絡みつかせる。彼が少しでもいい思いをしてもらえるように、私は自分のキスを男に媚びつく行為として扱った。それはともすれば、恋人を喜ばせる作法に似ているのかもしれないけれど、愛情を育まないまま心を尽くした奉仕をするという点で決定的に異なる。  童話の世界を切り裂いてくれるレイプ魔の狼さんを探していた私と、専用の風俗嬢を探し求めていた太山くん。出会うべくして出会ってしまったのかもしれない私たちは、授業の終わりを告げる終鈴によって現実に連れ戻されるまでキスに没頭した。 「はぁ、はぁ、はぁっ……♡ どう、だっ……♡ 気に入って、もらえたかなっ……♡」 「ふーっ、ふーーっ……♡ チンポ、バクハツしそうですッ……♡」 「そうかっ……♡ ムラムラさせて、もうしわけ、ないっ……♡⁠⁠ なら、つづきは、今日の放課後なんて、どうだ……?」 「えっ、今からじゃダメっすかっ、俺、もうっ……!」 「だっ、だって、もうすぐみんな戻ってくるだろうっ……! ゆっくり、時間が取れるところで……誰かに見られちゃいけないこと、したい……♡ ……だめ、か……?」 「それ卑怯っすよ、マジでっ……! んれぇぇ~っ……」 「ぁっ、ちょ、なんで顔舐めるんだっ……♡」 「桑原さん、可愛いっす」 「~~~っ!♡」 「あー、クッソ。ずっとこうやってぎゅーってしてたいっ……! 足にへこついて射精してぇ……チンポめっさ苦しいっ……」 「う……♡ あまり困らせないでくれ……♡ 放課後に、な……?」 「でも、一発ぐらいっ……」 「キミの……お、おちんぽ……を、小一時間ほったらかした女に、改めて誰の邪魔も入らないところで、徹底的に責任を取らせる……そういう展開は、嫌いかな?」 「っ……♡ 大好きっす……♡」 「よかった……♡ ん、ちゅっ……♡ では、これからよろしく頼むよ、太山くん」 《続 ③へ》


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