灯花ちゃん思い出語り①
Added 2021-10-15 09:50:28 +0000 UTC「見えなくても、ちゃんとあるし繋がっているよ」
灯花ちゃん初登場時の、リョーマくんが発した「その尻尾の付け根どうなっているの?」という問いに対する答えなのですが、この作品のかなり根底に存在する問いに対するアンサーでもあるセリフだと思っています。尻尾の仕組み以上に、この世界には「見えなくても存在して繋がっているものがある」ということを表すセリフでした。
今となっては見えないもの、もう覚えていないもの、失くしたことさえ忘れてしまったもの、確かに深く傷ついたはずなのに、今ではもう確かめることすらできないもの。
大人になっていく道中で、私たちはそんなものをいくつも作ってきたはずなのに、まるで1つも覚えていない。だって、忘れてしまったことさえ忘れてしまったんだから。
何故満たされないのか、何故不幸せに思うのか、大人にはもうわからないんです。だって、あの日失くした狐のぬいぐるみのことを忘れてしまったんですから。取り戻そうにも、失くしたことを覚えていない失くしものをどうやって探せばいいのでしょう?
そんなものを気にしなくなることも成長でしょう。大人になってコーヒーが飲めるようになったり野菜を美味しく食べられるようになったりするのは舌が鈍くなっただけなのに、成長して大人になったのだと解釈するように、傷付きやすくみずみずしい感受性を失って心が鈍感になっていくことを大人になると呼ぶのでしょう。
でも、もう見ることは叶わず、痛むこともない心の何処かに、未だ傷跡は残り続けている。忘れてしまっていても、過去は確かに現在に、そして未来に繋がっている。刻まれたものは覚えている覚えていないに関わらず、刻まれたという過去が存在して、過去が現在に繋がっている以上、今の私に影響を及ぼしている。それが作品の根幹に存在するテーマでした。
「大人になれ」という言葉で大人達は子どもに鈍感になることを求めます。そんな言葉で蔑ろにされていく“想い”も、子ども達はいつしか忘れてしまうのでしょう。抱いたことさえ忘れてしまった“想い”があったことも。
だからこそ、上記のセリフは同じシーンの以下のセリフに繋がるのです。
「ボクが何者なのか、何をしていたのか、全部忘れちゃったけど、リョーマのことは覚えていた。ボクの名前も、リョーマに貰ったものだからちゃんと覚えていた」